なにかあれば菊臣にでも話すようにといった寒菊さまの声が思い出される。なぜ菊臣さまなのだろう。菊臣さまよりも寒菊さまの方が力があるのではないか。

 なにも、話そうなどとは考えていないが——。

 私は害を被ってなどいない。むしろ害を加えようとした側だ。

 この屋敷を滅ぼすであろう——。

 確かにそうだ。私はこの屋敷の跡継ぎたる者から名前を奪おうと企んだ。すでに家は絶えていながら、尚も醜く足掻いている。狙いは藍一郎さまだったが、彼が家督を継ぐことがないとはいいきれない。寒菊さま、菊臣さまの身になにか起きるかもしれない。

 日暮。この家の者から名を奪うなぞ、私にははなから許されてはいなかったのだ。今や岸尾綺は何者でもない。目立つところで家の名を名告ることも許されない。

 美しく、醜く、奪い合うことができる。奪われるものが愚かなのだ——。

 奪われたものが惜しいなら奪い返せばいい。

 奪われた者に残るのは、詛いと呼ぶにふさわしい絶望と慾望。私はそれを知っている。体中に刻み込まれた。家族を喪った絶望と、なんとしても家の名を残したい慾望。

 優と優、劣と劣。

 この屋敷に、劣の名をつけられた者はいるだろうか。

 いっそのこと、悪霊になってしまいたい。絶望と慾望を他者に押しつけ咲いた花に、祝福という言葉を添えたい。

その醜い花を見せつけ、絶望も慾望も、相手のより深いところまで根を張らせ、枯らさない。やがてそれが憎しみに変わるのを尻目に、祝いの盃を挙げたい。

どれだけ憎まれようと、詛われようと、私はその幸福を奪わせない。悔しいなら奪い返せばいい? そんなことはさせない。