五月の日曜日、無理矢理リビングに引っ張り出された小夜は、仕方なくソファに座った。
「あの、なにするんですか」
「今日は全員集合だよ。雅も調子いいんだ」
「そうですか」
 聞いているのはそういうことじゃない。だけど、無視だけはできないから、一応うなずいた。
 全員揃った頃を見計らい、涼夏が前に立った。右手には棒付きアイス。
「今日はなんの日でしょうか。わかった人にはアイス一本あげる」
「はい、母の日」
 間髪入れず、梢が答えた。その横では、赤いカーネーションが揺れている。
「正解。はい、アイス」
「やった」
 いそいそと梢がアイスを受け取る。
「と、いうことで、今日は私の秘密を一つ、解放しようかなって思います!」
 秘密。その言葉に思わず反応する。この前言ったことを気にしているのだろうか。だとしたら悪いけど、多分意味はない。
 だけど、少しは信用できる・・・・・・かも、しれない。
 涼夏は、四人が座っている一辺とは逆のソファに座った。
「私は、母がいないんだけど」
「え?」
 どうやら、全員初耳らしい、梨乃でさえ眉をひそめている。
「それは、離婚、とかで?」
 最悪の事態は視野に入れないようにしているようだった。梨乃が、いつになく控えめに聞く。その遠慮をずばりと切り捨てるように、涼夏が首を振った。
「死んだんだよね。中学とかのときに、事故で」
「事故・・・・・・」
 臆したように、雅がつぶやく。
「私が悪いの」
 どういうことだろう。
 付け足されたその発言に、変な空気がリビングを漂う。
「いや〜、昔、結構ヤンチャしててさ。小学校から生意気に買い食いしてたりしてね」
「え、想像できない」
 梢がぼそりと呟く。思わず小夜も小さくだが同意する。この真面目の塊が、ヤンチャ? 買い食い?
「本当だよ? でね、厳しい学校入っちゃったから、友達に奢ったのがバレちゃったときにね、呼び出されて。三者面談でこっぴどく怒られて、その帰りに、ね」
「そっ・・・・・・か」
 なんと答えたらいいかわからず、気まずい。きっと涼夏のせいじゃない。でも、確かに自責の念を背負ってしまうのはわかる気がした。二つを関連づけてしまうのは、やむを得ないような状況での不幸な出来事だ。
「覚えてる? 私が初めてここに来たとき」
「覚えてるよ。あれは、二年前の六月、梅雨真っ盛りのこと・・・・・・」
「なんか始まったんですけど」
 ぎこちなくなった空気を梨乃がほぐしてくれて、梢もそれに乗っかり呆れ顔になる。
「で、なにがあったの」
 雅が続きをせっつく。梨乃がぷっと頬を膨らませて、自分の膝に頬杖をついた。
「なに、そのとき雅いたじゃん」
「体調悪かったの」
「ああ、ごめんごめん」
 雅のそっけない答えに頭を掻く。
「で?」
「ああ、飛び込んできたんだよ。傘もささずに。入れてくださいって」
 一つも荷物を持たないで、びしょびしょのままでさ。
 梨乃は、その日の光景を懐かしく思い出しているようだった。
「そうそう。びっくりしちゃって。でもまあ、二人は寂しいし、生活費は高いし、ワケアリぽかったから受け入れた」
 生活費は折半でそれぞれ払っている。二で割るより三で割る方が、多少生活費の和は多くても、一人一人の支払う額は少ないに決まっている・・・・・・はずなのだと。
 ちなみに、涼夏は生活費をバイトで賄っている。他は親から出されているのか、はたまた涼夏と同じくバイトか、どうにかしてそれをカバーしている。小夜は前者、親のすねをかじっている。
「父さんにさ、お前のせいだって責められまくって、それで、キツくなって飛び出しちゃった。っこのシェアハウスはこの界隈でも結構知られてるでしょ? 他の皆はシアワセな家庭持ってるから不要だけど」
 雅がちょっと顔をしかめてうつむいた。もしかしたら、涼夏と雅は似た境遇でここに来たのかも、なんて深く読んでしまう小夜である。
「そうかあ。あの姿の裏には、そんなことが」
 なにを思ったかはよくわからないが、梨乃は感慨深げだった。
「というか、すごくない? 髪も黒く戻して、形からだって伊達眼鏡もつけて、勉強しまくって。見事に視力もしゅるしゅる失って、ものの数ヶ月で真面目の完成」
「なんでそこまでするの」
 雅が静かに聞いた。
「それが、一番のお母さんの供養だと思って・・・・・・。でも、やっぱり素は、家族の前だと垣間見えちゃうのかな。お父さんには嫌われちゃった」
 涼夏は目を伏せきゅっと口を結んで悲しげに言った。
「夫婦円満だったからさ」言い訳のように、涼夏は付け足した。
 家族の前だと、か。
 その言葉がなんだか、心に妙に残る。
「ということで、ニセ真面目の告白でした」
 ぱっと表情を明るく変えて、涼夏はぱんと手で乾いた音を立てた。
「まあ、涼夏はなにがなんでもこの家の、本当のママだから」
「梢・・・・・・」
 涼夏が笑う。それは昔見た母のものに似ている、包容力のある笑顔だった。