皆はソファには座らず、その下の絨毯で、梢とアヤさんを囲んで話を聞いていた。両親との面会を終え、無事に誤解をといて帰ってきた梢は、いくつも頬に涙の跡をつけていて、それの照れ隠しのためか、ぺらぺらとよく喋った。
「びっくりした。泣いてくれてさあ・・・・・・」
「そうなんです。もう、ぼろっぼろ」
 アヤさんも苦笑いで付け足す。
「そっかぁ。よかった」
 涼夏の祝福に、梨乃も雅も笑顔を見せた。
「家族と、仲直り、できたんだ」
 小夜はつぶやいた。羨望だか嫉妬だか、その狭間で、知らぬ間にぽろりと出てしまった言葉だった。
「小夜ってさ、ときどきバカな発言するよね」
 梨乃が吐き出した。バカとは、聞き捨てならない。
「なんで! 確かに空気は読んでないけど!」
「そこは認めるのね・・・・・・」
 雅がくすっと笑みをこぼす。
「外の家族と仲直りできないんなら、ここの家族と仲良くなればいい、てか、もうなってるし」
「だけど〜・・・・・・」
 梨乃は間違っていない。けど、秘密を言えてないのはもう小夜だけになってしまった。罪悪感と焦りが今にも如実に表に現れそうで、目を伏せた。
「私たちに気使って外に出れてないなら、いいんだよ、仲直りしに行っても」
 涼夏の優しい言葉も、ただ悪戯に胸を騒がせるだけで。
 思わず意地悪な言葉が、口をついて出た。
「外国でも? 外国でも、行っていいの?」
 え、とも、へ、ともつかない間抜けな声が家に響いた。
 ああ、だめだ。
 ひた隠しにしてきたはずの、怒りが、口を、ついて。
「両親は外国だよ。ワガママな弟にひっついて行っちゃったよ。留学したいけど一人じゃやだからついてきてって言われて一も二もなくついて行っちゃったよ。子供の可能性を広げるためなんだって。そのくせ私の可能性は狭めて、置いてっちゃったよ。シェアハウスだけ、ぽんって用意して行っちゃったよ。いきなり嫌われて、考える間もなく離れ離れ。絶対仲直りの余地なんてないじゃん」
 そこまで言ってから、仲直りの余地があるって思いたいんだなあと気づく。ただ嫌われたんじゃなく、なにかワケがあって欲しいんだと。
 小学三年生から、小学校卒業まで四年間、英語を学ぶために外国へ行く。その間、小夜はシェアハウスにいなくちゃいけない。
「・・・・・・それでも、いいの?」
 全部吐いてから、しばらく黙って、絞り出すように問うた。
 追い出されるかなとちらりと不安がり、この人たちは優しいからそんなことしないだろう、居心地がまた針のむしろに戻るのがせいぜいだろうなあと思い直す。
「いいよ」
 突然、涼夏に抱きしめられる。
「よっぽど、その変化が嫌だったんだね。かわいそうになあ。知らない間に人の中で転がされて」
「ごめんね。全然そんなこと知らなくて、無理に仲良くしようとしちゃって」
 梨乃や雅、アヤさんの目から、戸惑いの色が消えて優しい光が瞬き始める。それを小夜は、涼夏の背中越しに見た。
「だけどそれ、勘違いでしょ」
 梢がばっさりと言った。「え」と再び、皆の瞳に狼狽の色がちらつく。
「弟くんは世界進出、小夜は日本に残りたかったんでしょ? ついて行かなかったワケだから。で、親友と微妙な方向に分かれてしまった小夜を心配して、友達関係を育むために、せめてものお詫びとしてシェアハウスをお世話してくれたんだよ。親戚の家に預けるとかじゃなく」
 確かに、間違っていないかもしれないし、そうあって欲しいし、そう考えた方が辻褄が合うこともある。あんなに空港で、悲しそうに泣いてくれた。
 だけど、それだとズレ始めることも、ある。
「でも、どうやって知ったんだろう? 私と花音のこと・・・・・・」
 隠していたはずだ。親友と、微妙に別れてしまったことは。
「花音ちゃんっていうんだ」
 どうでもいいことを梢の耳が拾い上げる。
「え? あ、うん」
「たぶんそれは、花音ちゃんが知らせたんだよ」
「あたしもそれは思う」
「その可能性、高いよね」
 次々上がった声に、小夜は目を伏せる。慰めでもなんでも、この人たちがいうと、本当に思えてきた。急に自分が恥ずかしくなってくる。
「・・・・・・手紙か電話、どっちか送ってあげなよ」
 涼夏がまるでお母さんのように、小夜の頭を撫でながら、優しく言った。
「うん・・・・・・手紙にしようかな・・・・・・」
「え〜、なんで? そこは電話でしょ。声聞きたいんだけど。弟くん、可愛いんじゃないの?」
「ちょっとそれは・・・・・・」
 梢に笑い返して、小夜はほっと安堵のため息をもらした。