紅さまは、複雑そうな顔をしていた。

「……それは、俺の身を案じてのことか。俺とともにいたくない、という意味ではないか」
「そんな、そんなのは、もちろんです。私はむしろ……紅さまといると、心地よくて」

 はっと、口を押さえた。
 私は何を……。
 そんなことを言ってしまっては、いけないのに。

「でも……ずっといっしょにいることは、無理でしょうから」

 当たり前だけど、紅さまにも帰るところがあるはずだ。
 この村に住むためにやってきたわけじゃなくて、ただ行き倒れてしまっただけだろうから。

「こんなみすぼらしく、危ないところに、長く居続けないほうがよろしいかと思います。紅さまも帰るところがあるのですよね? 早く帰って差し上げたほうがよろしいかと。弟さんもいらっしゃることですし」
「……もう少し、滞在させてくれないか」

 紅さまは。
 絞り出すように、そう言った。

 私は目を見開く。

「……いけないか」

 紅さまは、上目遣いで私を見てくる。
 切実なその視線……。

「そんな……私のほうは、かまわないのです。いつまで居てくださっても……」

 ですが、と言いかけたのを、私は呑み込んだ。

 ……もっといっしょにいてしまったら、きっともっと好きになってしまう。
 だから、別れるとき、もっとつらくなってしまう。

 そうは思ったのだけれど……それは、私のわがままだってこと、私にはよくわかっていたから。

「けれどご家族が心配されると思います。……もう少し滞在されたいというのは、もう少し体調を整えたいということでしょうか。ここでは何のおもてなしも、滋養のある食事もお出しできません、それでもよろしければ……」

 いや、と紅さまはどこか苦しそうに言う。

「体調のほうはもうすっかり大丈夫なんだ。硯……俺は、硯のことが……」

 紅さまは、なにかを言おうとする。
 でも、言えなかったとでもいうように……なにかを諦めるかのように、ちょっと微笑んだ。

 そういう顔をすると、美しさとあいまって、すごく可愛いし、……すごくかっこいい。

「……気持ちを伝える決心をするから。それまで、数日でいい、時間をくれないか。……初めてなんだ、こんなことは」

 なんのことかわからず、私は首をかしげたけれど。
 紅さまがしばらくいてくれることは、正直とっても……嬉しくて。

「どうぞ、ご滞在くださいませ」

 思わず、それだけで、本心からの笑みがこぼれてしまうのだった。