海殊と琴葉が辿り着いた場所は、山奥にあった素泊まりコテージだった。
 電車での移動中に調べていたところ、価格もそれほど高くなくて、駅からバスでいけるコテージを見つけたのだ。今の海殊の持ち金でも何泊かできる。それに、コテージひとつひとつが離れていて、他の利用客と接触する可能性もなさそうだ。今の海殊達にとってはうってつけの場所だった。
 他の人達に琴葉が見えないのなら、二人きりで過ごして周囲の視線を気にしなくていいという問題もある。
 ただ、明日は琴葉が見たがっていた花火大会があるので、一度家に戻る事になるだろう。その際に、春子にどう話せばいいのか、未だ何も思いついていない。
 だが、今はそんな後先よりも、琴葉と過ごす時間を大事にしたかった。というより、既に現実離れしている問題が生じているのに、後先など考えていられなかった。その時その時になってから、目の前にある問題を解決していくしかないのだ。尤も、今海殊が採っている手段は現実逃避に他ならないのだけれど。
 二人はキャンプ場の最寄駅前にあるスーパーで食べられそうなものを色々買い込んだ。今の琴葉では調理も難しい事から、インスタント食品やスナック菓子、琴葉の好きな甘いお菓子……買い込み過ぎて、二日でも食べきれない程の量になっている。

「こんなに食べたら太っちゃうよ」
「夏だし、ちょっと運動したら痩せるよ」

 そんな会話のやり取りをして、バスに乗り込む。コテージはここからバスで一時間弱だ。
 バスに乗り込む際、運転手が怪訝な顔をして海殊を見ていた。明らかに地元の人間でない者が、"ひとりで話ながら"大量の食べ物を持っているのだ。きっと、彼からすれば気味が悪かっただろう。
 今はそれらに関して、一切気にしない。もうここに来るまでの間、散々変な目で見られたのだ。今更気になるわけがなかった。
 一応であるが、制服で移動するのは色々面倒事もありそうだったので、途中でTシャツだけ買った。下は制服ズボンであるが、上がシャツであればそれほど不審がられる事もないだろう。
 琴葉も何か着るものを買おうかと尋ねると、彼女は物悲しげに微笑んで、首を横に振っただけだった。
 それから、海殊達以外に乗客がいないバスの一番後部座席に座って、琴葉と見える景色についてああだこうだ語らいながら、バス移動を楽しんだ。
 さっきまであった憂鬱な気分はどこかに消えて、何だか駆け落ちをしているみたいでドキドキした。そうして他に誰もいない空間だと、純粋に二人の時間を楽しめたのだ。それは琴葉も同じ様で、先程までの物悲しそうな表情は消えていた。
 およそ一時間近いバス移動を終えた海殊は、受付で料金を先払いして鍵を貰ってから、早速与えられたコテージへと向かう。
 年齢は偽って大学生という事にしたので、そのあたりを疑われる事はなかった。少し大人っぽい雰囲気だったのが功を奏したのかもしれない。
 ただ、一人で人のいないコテージに素泊まりするという点については訝しまれたので『芸大生で、コンクールに出す為のネタを探す為に自然の中に浸りたい』とだけ言っておいた。最近読んだ小説の設定だったが、こう言えば大抵『そんなものか』と思ってくれるので、便利なのだ。
 実際に海殊は芸大生事情などわからないが、それは他の一般人も同じである。芸大生ならそんな事もするのかもしれない、と思ってもらえるというだけである。
 受付がある建物の外で待たせていた琴葉と合流すると、二人でそのままコテージへと向かった。まだ夏休み前だからか人は殆どおらず、コテージまで誰とも会わずに辿り着く事ができた。

「おお……値段の割に本格的なんだな」
「うん、素敵!」

 コテージの中に入ると、海殊と琴葉がそれぞれ感嘆の言葉を漏らした。
 コテージはログハウスになっていて、室内は木の香りで覆われていた。建物は一階建てだが、リビングに風呂、トイレ、台所がある。部屋の隅に布団が三つ程並んでいて、寝床にも困らなさそうだ。ネット回線も繋がっているらしくて、本当にここで生活できてしまえそうだった。

「ちょっとご飯食べたらさ、周りの森探検しにいかない? 色々新しい発見がありそう!」

 琴葉が笑顔で提案してくる。
 さっきまで元気がなかった琴葉だが、バスに乗ってからはややテンションが高い。歩く速度や握力なども戻っていた。
 周囲から人がいなくなってから、琴葉の体調はかなり回復した様に感じる。歩く事や何かを持つ事も苦ではないらしく、受付からコテージまでは一人で歩いていても問題なさそうだった。
 全く原理などわからないが、認識されるべく人が多ければ多いだけ、より彼女の生命力みたいなものが消費されていたのかもしれない。

「ああ。じゃあ、カップ麺食って早速探検しにいくか」
「うん! お湯沸かすね」

 いそいそと準備をし始める琴葉と並んで、一緒に仕度をする。
 なんだか、同棲を開始したカップルみたいで。でも、この時間はそう長くは続かない事も頭の片隅ではわかっていて。
 もしかすると、琴葉もそれがわかっているから、明るく振舞っているのかもしれない。