小さい頃からお母様がよく歌ってくれていて、私はどうしてもこの歌を完璧に歌えるようになりたかったのだけれども。
 何度練習しても思っているように音程が紡げなくて、とても悔しい思いをしていたのだ。

 結局、ロザリーと一緒に練習しても、"完璧"にはなれなかったけれど。
 それでも今は、私の喉から溢れるこの音が、好きになれた。

(天井が高いからかしら。声がいつもより、よく伸びる)

 礼拝堂に響く自分の歌声に耳を傾けながら、空間に溶け込むようにして歌い続けて。
 もう間もなく最後の一節というその時、ガタリと椅子にぶつかったような、鈍い音がした。
 はっと歌を切って、視線を遣る。と、

「すまない、邪魔をするつもりはなかった」

「――アベル様!?」

(どうしてアベル様がここに!?)

 というか、歌……!

「も、申し訳ございません……っ! アベル様のお耳に酷い歌を……!」

 急いで口元をおさえ、頭を下げる。

「公の場で歌うなど、はしたない真似をいたしましたっ」

「いや、この場には誰もいなかった。それに、俺がすぐに声をかければよかっただけだ。だが……」

 バツの悪そうな気配に、私は顔を上げアベル様を見つめる。
 と、アベル様は視線を彷徨わせてから、観念したように口を開いた。

「美しい、歌だった。心が洗われるような。だからとつい……やめさせるには、勿体ないと思ってしまった。もっと、聞きたいと」

「――っ!」

 ぼんっ、と顔が赤くなったのが自分でよく分かる。
 けれどもきっとこの薄闇の中では、顔色の変化なんてよく見えていないはず。

(今が夜で良かったわ……!)

「おっ、お気遣いいただきまして、恐縮ですわ……! 先日の白薔薇といい、アベル様にはご面倒をおかけしてばかりで……」

「面倒だと思ったことはない。……マリエッタ嬢とは、なにかと縁があるようだな」

「!? た、大変光栄にございます……っ!」

 どうしよう。この返答であっているのかしら……っ!

(頭が全然回らないのだけど!?)

 本当はもっと余裕たっぷりな淑女として、気の利いた返答をしたいものだけれど。
 荒ぶる感情と思考がまったく制御できなくて、自分でも驚くくらい滑稽な受け答えになってしまう。