自分の姿を全身鏡に映して、私はため息をついた。

 あまりにも自分が、地味すぎて。

 全身モノクロの、おとなしすぎる服装。
 黒と白のストライプのカットソーは、何年も着ているため、惨めにくたびれている。
 グレーのスカートはあまりにも流行遅れの形だった。

 何より、鏡に映る自分はまるで影そのもののように思えたのだ。

「ここに私がいないみたいね」

 お義母さんに存在を認めてもらえない自分そのもののような気がして、私は肩を落とした。すると、

『こんな格好で一生を終えるんだわ』

 突然首筋に氷を乗せられたかのように、びくりと肩をはねさせた。
 鏡の中の自分が突然しゃべり出した……?
 私は呆然と鏡を見やる。

『こういう生き方で、一生を終えるんだわ』

 またしても、鏡の中の自分が、そうしゃべる。
 哀しげな声。
 確かに、それは私自身の声で、アルバイトの女の子の声ではなかった。

 それで終わりではなかった。
 鏡の中の【私】は、みたび、勝手に口を開いた。

『ああいう服が、本当は着たいのに』

 【私】は、鏡のこちら側の――つまりは、全く私の背中側へと目線を動かした。

――どこを見ているの?

 つられて私はくるりと鏡の反対方向、商品が並べられている方向を振り向いた。

「にゃー」

 先ほどまで女の子の膝上に乗っていたはずの白猫が、トルソーの横にお行儀良く座り、私を呼んでいた。
 いや、呼んでいるように聞こえた、というのが正確なのだが。

 まるで『これを着て』と言っているかのように、白猫が私を呼んでいた。
 なんだか、さっきまで甘えんぼうに見えていた白猫が、どういうわけだか神々しく光って見える。

 さて、そのトルソーには――

 紺の七分袖ニットに、ショッキングピンクと呼べるような目を引く鮮やかさのロングスカート、襟元にはスカーフ。
 全体的に、フェミニンなコーディネートだ。ファッションのことには結婚後てんで疎くなっていたのだけれど、街中でこれを着ていたら、きっと褒められるだろう。
 特に、スカートの方に心惹かれる。
 左右非対称の長さで、風に揺らめきでもすれば、きっと自分が都会的なレディに見えるだろう。

――何より、『ここに私はいる』とスカートが主張していた。

 どうしてだろう。お店のほぼ真ん中にディスプレイされているのに、入ったときは全く目に入っていなかった。
 それは、姑に買うプレゼントを探すという目的だけで頭がいっぱいになっていたからに違いない。
 でも今は違う。
 自分のためにこの服を見つめている。
 狭まっていた視野が、ぐいっと広がったのだ。

 思わず近寄り、手に取る。
 スカートのつるりと爽やかなさわり心地が、まだ残暑厳しい九月にぴったりだった。
 縫製も丁寧で、そこらのファストファッションとはものが違う。
 私の身長やウエストサイズに合うだろうか?

 まるでそんな思いを見透かしたかのように、

「ご試着なさいますか?」

 尋ねられて、こくりと頷く。猫がしゃべったのではない。こちらは女の子の、ほんものの人の声だった。
 思えばつい先ほどまで、私はヒトではない「何者か」の声を聞いていたに違いない。

「こちらへどうぞ」

 彼女は先ほどの全身鏡へと私を案内する。
 この鏡は試着室にもなっていて、ぐるりとカーテンを閉める。

 モノクロを脱ぎ捨て、女の子に差し出された一式を試着する。

 驚いたことに、全てがぴったりだった。
 二の腕回りも、ウエストも、丈も――全て私の思い描いたとおりのフィット感。

「いかがでしょう?」

 カーテン越しに問われて、感想を伝えようとしたときだった。

 鏡の中の景色が揺れた。