じゃあ、仕事じゃないときは?
 ほとんど母親が私に買い与えたどこかの高級ブランドの衣服だ。ブランドなんてまるっきり関心がないのに。
 自分で買い物をしたことなんてない。

――私って両親にとっての何なんだろう。

 自分で買い物をしたことがないのも、実家暮らしなのも、まともな恋愛をしたことがないのも、唐突にばかばかしく思えてくる。

――あなたは妹よりも体が弱いから。

 この一言で私の自由はすべて奪われてきた。

 体が弱い方。
 守らなくてはいけない方。

 でも本当は、体が弱かったのなんて小学校低学年までの話なのだ。
 今となっては、どこも体が弱いなんて思う要素はない。
 だけど私はずっと両親のお人形のまま。

 顔を上げると、いつしか目の前には私の背丈とほとんど同じ高さのトルソー。
――私の存在なんてこのトルソーと変わらない。
 そう思うと自分が惨めでたまらない。

「そちらのワンピース、お気に召しましたか?」

 店の奥からいつの間にか出てきていた店員さんに声を掛けられ、一瞬息が止まる。

「……あ、違うんです」
 意味もなく一基のトルソーに見入っていただけだったのだが、傍から見ると紺色のワンピースに関心があるように見えたらしい。

 慌てて一歩トルソーから退くと、彼女はまじまじと私の顔を見つめた。

「今のはお客様の本当のお顔ですね」
「え?」
「今まで私に見せていらっしゃった表情は、きっと努力して作られたものなのではないかと思いまして」

 私の人生の半分ぐらいが唐突に白日の下にさらされたような気分だった。私がいつも作る《顔》はいつだって私が社会に出るときの、いわば衣服のようなものだったから。本当の表情は、衣服の下にある自分の素肌そのものだ。

「そう言われると、決まり悪いですね」

 様々な《顔》を被ることで、武装してきたのだ。この生きにくい世の中を突き進むため。

「女性って、生きる上でそういう技能を身につけてしまいますよね。望む、望まぬに関わらず」
「……まさに今そう思っていました」

 店員さんの一言に、私だけじゃないんだ、と少し心が軽くなる。
 私たちは首のないトルソーではない。
 常に誰かが私たちの表情を見て、その表情如何によって態度を変える。そういう人たちに囲まれて日々を必死で生きている。

「良かったら、向こうの椅子におかけになってお茶でも飲みませんか」

 店員さんに応接セットを勧められ、店の奥へと進もうとしたときだった。
 店の壁面に設置された大きな全身鏡に、ふと気をとられ足を止めた。家にあるのよりも一回り二回り大きな鏡は、よく磨かれていて眩しいほどだった。

 その鏡の中をのぞき込んだとき、心臓が止まる思いがした。

――何、この糸は。