客観的に見ればそういう展開になるのは当たり前の流れでしかない。
でも、子供の目にはそうは映らない。
子供は大人なんかより残酷だ、とその時に思ったのを覚えている。
子供は思ったことをそのまま口にする。
相手が何をどう感じるかを吟味もせずに。
だけど、本当に残酷だったのは、子供じゃないんだ。
こんなにも私を甘ったれに仕立て上げたのは、間違いなく私と妹をこの世に産み落とした両親だ。
――あなたを世界で一番愛してるわ。
そう言って毎日抱きしめる腕の重さを、振り払うことができたのなら。
そして素直に妹の手を握って互いの苦しみや悲しみを分かち合えたのなら。
どんなにか私の人生は違って見えるだろうか。
*
職場のゴルフ大会の練習にと、山間のゴルフの打ちっぱなしに先輩に車で連れてこられた。道具もなしに手ぶらで遊べる打ちっぱなしがあると言われ、先輩はマイクラブを持って、私は本当に手ぶらで来てしまった。
多分、こういうところも甘えなのだろう。
学校でも、職場でも、年上の受けはいい方だ。多分それも生い立ちゆえなのだろう。
そういう自分のキャラクターに甘んじて、いつまでたっても大人になりきれずにいるのが私だ。
車の助手席に乗りながらそう思い至り、暗澹とした心地になる。
ゴルフなんてこれっぽちも関心がなかったが、このコロナ禍で行うスポーツとしてはいいアイディアだとは思う。
今日日職場のレクリエーションだなんて昭和臭がするといえばいいのか、贅沢だといえばいいのかわからないが。
1時間ほど練習をこなし、そこそこに汗をかいた帰り道。
先輩の車の助手席から見えた景色に、私はふと心を奪われた。
――あのお店……。
「すみません、停めてください」
ここで車を降りなければ、と直感した。
え、どうしたの、と狼狽える先輩を尻目に、《年上に許してもらえる顔》をとっさに作り、「ごめんなさい、急用です」と通らぬ理屈で謝り倒し、私は車を降りた。
降り立ったのは、寂しい雰囲気の商店街。
ほとんどのお店がシャッターを閉ざしている。
でも私は何かを感じたのだ。
何かがほしいと強く思っているわけじゃないのに、ここは「来るべき場所」なのだと、第六感が告げている。
アスファルトの切れ目の所々から生える雑草とか、秋の虫の音色とか、そういうもの全部ひっくるめて、寂寞とした空気だけれど。
「あのお店は、営業してる……」
ショーウィンドウに並ぶトルソーにバッグ。入口を飾る鉢植えの花。
昔ながらの個人経営されているブティックだ。
ぱっと見にはお客さんが繁く出入りしているような空気ではないけれど。
もしも母親が今隣にいたならば、何と言うだろう。
きっと「あなたに一番似合う服を探してあげるからね」とでも言うのだろう。
私の気持ちを置き去りにして、先回り先回りして――
数歩お店に近寄ってみると、店の横の路地に猫が伏せっているのが見えた。
店と店の間の暗い路地故か、猫の寝顔は苦しそうに見える。日陰だけれど、白い体毛は薄汚れておらず、綺麗に保たれているから、誰かの飼い猫だろうか。
「ねえ、大丈夫……?」
路地に半分体を入れしゃがみこみ、猫に話しかけてみる。
すると猫は目を覚まし、路地の奥へと走り抜けて行ってしまった。
――死。
私がその猫を見て直感的にひらめいたのは、そんな不吉な言葉だった。
どこか死の影を引きずるその生き物は、誰にも助けを求めてはいないようで、それが痛ましかった。
本当は誰かに手を差し伸べてほしいはずだ。
その猫は、きっとどこか人間が見ていない場所でその命を終えるのだろう。
*
でも、子供の目にはそうは映らない。
子供は大人なんかより残酷だ、とその時に思ったのを覚えている。
子供は思ったことをそのまま口にする。
相手が何をどう感じるかを吟味もせずに。
だけど、本当に残酷だったのは、子供じゃないんだ。
こんなにも私を甘ったれに仕立て上げたのは、間違いなく私と妹をこの世に産み落とした両親だ。
――あなたを世界で一番愛してるわ。
そう言って毎日抱きしめる腕の重さを、振り払うことができたのなら。
そして素直に妹の手を握って互いの苦しみや悲しみを分かち合えたのなら。
どんなにか私の人生は違って見えるだろうか。
*
職場のゴルフ大会の練習にと、山間のゴルフの打ちっぱなしに先輩に車で連れてこられた。道具もなしに手ぶらで遊べる打ちっぱなしがあると言われ、先輩はマイクラブを持って、私は本当に手ぶらで来てしまった。
多分、こういうところも甘えなのだろう。
学校でも、職場でも、年上の受けはいい方だ。多分それも生い立ちゆえなのだろう。
そういう自分のキャラクターに甘んじて、いつまでたっても大人になりきれずにいるのが私だ。
車の助手席に乗りながらそう思い至り、暗澹とした心地になる。
ゴルフなんてこれっぽちも関心がなかったが、このコロナ禍で行うスポーツとしてはいいアイディアだとは思う。
今日日職場のレクリエーションだなんて昭和臭がするといえばいいのか、贅沢だといえばいいのかわからないが。
1時間ほど練習をこなし、そこそこに汗をかいた帰り道。
先輩の車の助手席から見えた景色に、私はふと心を奪われた。
――あのお店……。
「すみません、停めてください」
ここで車を降りなければ、と直感した。
え、どうしたの、と狼狽える先輩を尻目に、《年上に許してもらえる顔》をとっさに作り、「ごめんなさい、急用です」と通らぬ理屈で謝り倒し、私は車を降りた。
降り立ったのは、寂しい雰囲気の商店街。
ほとんどのお店がシャッターを閉ざしている。
でも私は何かを感じたのだ。
何かがほしいと強く思っているわけじゃないのに、ここは「来るべき場所」なのだと、第六感が告げている。
アスファルトの切れ目の所々から生える雑草とか、秋の虫の音色とか、そういうもの全部ひっくるめて、寂寞とした空気だけれど。
「あのお店は、営業してる……」
ショーウィンドウに並ぶトルソーにバッグ。入口を飾る鉢植えの花。
昔ながらの個人経営されているブティックだ。
ぱっと見にはお客さんが繁く出入りしているような空気ではないけれど。
もしも母親が今隣にいたならば、何と言うだろう。
きっと「あなたに一番似合う服を探してあげるからね」とでも言うのだろう。
私の気持ちを置き去りにして、先回り先回りして――
数歩お店に近寄ってみると、店の横の路地に猫が伏せっているのが見えた。
店と店の間の暗い路地故か、猫の寝顔は苦しそうに見える。日陰だけれど、白い体毛は薄汚れておらず、綺麗に保たれているから、誰かの飼い猫だろうか。
「ねえ、大丈夫……?」
路地に半分体を入れしゃがみこみ、猫に話しかけてみる。
すると猫は目を覚まし、路地の奥へと走り抜けて行ってしまった。
――死。
私がその猫を見て直感的にひらめいたのは、そんな不吉な言葉だった。
どこか死の影を引きずるその生き物は、誰にも助けを求めてはいないようで、それが痛ましかった。
本当は誰かに手を差し伸べてほしいはずだ。
その猫は、きっとどこか人間が見ていない場所でその命を終えるのだろう。
*