イトが帰ってしまった後。照明を落とした店内でひとり、残っていたレジ締め業務を行う。
 売り上げをノートに書き込み、住居部分に戻ろうとしたとき、またもやスマホが鳴った。

「お母さんからだ」

 メッセージアプリを立ち上げると、こんなことが書かれていた。

『実は今回旅行をしたのは、結衣のおじいちゃんの足跡を尋ねるのが目的だったの』

 わたしの祖父は、わたしが生まれてまもなく亡くなったと聞いている。
 そもそも病気がちで、うちの店のすぐそばの病院で長く入退院を繰り返していたらしい。

 祖父が亡くなってからはショックのあまり祖母は祖父の写真をすべて焼却してしまい、遺影すら残されていない。
 わたしはそのため、亡き祖父の顔すら知らない。 

『今日尋ねた古い旅館が、どうやらおじいちゃんが生前最後に訪れた宿だったみたい』

 最期に退院できたとき、記念に旅行したのが別府だったのだとか。
 体力がないときに旅行とは大したものだが、それも自分の死期を悟ってのことだったのかもしれない。

 母は、やはり亡くなった父の面影を追っているんだ――。

 これまで一言たりとも祖父のことを恋い慕う言葉を発してこなかった母だけに、その思いの強さや重さが汲んでとれる。

 そこで新たに通知音が重なった。

『おじいちゃんの写真、おばあちゃんが焼いちゃったからみたことなかったでしょ? 旅館のご主人と撮ったものが飾られていたので送ります』

 そして母は、ロビーに飾られていたとかいう一枚のモノクロ写真を送ってきた。

「これどっち?」
『痩せているほうがおじいちゃんよ』

 どれどれ、おじいちゃんはわたしに似ているのかどうか。

 画面をスワイプして拡大していくと――



 息を呑んだ。


 心臓が跳ねる音が、家中に響くのではないかと思うほどだった。


「何これ……」

 写真に写った”痩せているほう”の男の人。

 それは間違いなく、


「イトだ――」


 齢に差こそあれ、間違いなくイトと同じ顔立ちの老人の姿が、わたしのスマホの画面の中でこちらを見つめていた。