車から降りてきたのは、ひょろりと背の高い、顔立ちの整った男性。年のほどは二十代半ばだろうか。
 バン! と大きな音を立てて車のドアを閉め、同じように乱暴に店のドアを開け、中に入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 肝を冷やしながらも、立ち上がり、普通のお客様と同じように対応する。
 となりでイトは未だに人間の姿のまま腰掛けている。
 やはり猫と言った雰囲気の、ひょうひょうとした表情だ。

「小せえ店だな。田舎くさい」

 第一声で店への悪口。
 ああ、これは厄介な人物だ、と一声でわかる。
 煙草とコロンの混じった臭いが鼻についた。

「なあ、この間真っ黒な革ジャン売ったの、覚えてるか?」

 眉間にぐっとしわを寄せると、整っていたはずの顔が急激に般若と化した。
 恨み、怒り、焦り。
 負の感情が眉と眉の間に凝縮されていた。

「はい。お売りしましたが……」

 なるべく「わたしはあなたの敵ではありませんよ。問題があったのなら返品に応じますよ」といった口調で答えたつもりだった。
 あの登山帰りのお客様のことだな、と頭の端っこで記憶を手繰り寄せる。
 一度試着しかけたフェミニンな洋服をやめて、レザージャケットとタイトスカートのセットを購入されたんだった。

「ふざけんな!」

 狭い店内に響き渡る怒号。びりびりっと空気が震えた。
 わけもわからず、わたしはイトにちらりと視線を送った。
 ちっとも動揺することなく、じっと男の人を見つめている。

「あいつ、あれを着てからおかしくなっちゃってんじゃねえか。前はもっと大人しい、女らしい素直な女だったのに。急に女らしくない服を着てきたかと思えば、別れるだのなんだの、自分の権利を主張しやがって。
 あんな服を売ったこの店のせいだろ。どう責任とってくれんだ」

 極めて高圧的かつ自分勝手な主張だった。
 言葉の端々に女性蔑視が読み取れる上に、責任を自分の外に求めたがっている。
 
 なるほどね。
 こういう彼だったから、あのお客様は悩んでいる様子だったわけか。

 顔色を見る限り、話して落ち着いた、という様子ではなく、言語化したことで負のエネルギーがますます募っているかのような赤ら顔だった。

 それはお辛かったですね――それくらいしか、わたしから掛けられる言葉はない。
 そしてそのまま口にしようとした時だった。

「ばかばかしい理屈だ」

 座っていたイトがすくっと立ち上がった。
 相手を煽るような文言に、びくっとわたしの方が萎縮してしまう。
 見れば、いつもの眠たげなまなこが、今はキッと見開かれている。
 ぼそっと「俺は招き猫だが、厄まで招いてしまったとは」と呟いたのがかろうじてわたしの耳にまで届いた。

「あ? 今なんて言った?」
「そういう人間性だから、別れることになるんだろう」
「うるさい! お前店員か? 客に向かって失礼だろう!」
「店員か店員じゃないかで言えば店員じゃない。お前は客だからって神様気取りだな」

 うわああ……めちゃくちゃ煽ってる……!
 頼むからこれ以上は煽らないで……。

 男の人の顔がますます赤くなっていくのが見て取れる。

「このやろ……っ」

 男性がイトの胸ぐらをぐっと掴んだ。

 やめてくださいと制止に入ろうとしたところで、イトがこちらに顔を向けすらせずにこちらに手のひらを向ける。
 その途端、すこん、と体の力が抜けた。応接セットの椅子に体がうずくまる。
 なんだ、これ?