閉店間際、午後六時前。
今日も常連さんに加えてご新規様がこられたなぁと振り返る。
やっぱりイトには招き猫の才能があるのだ。そこは素直に敬服する。
これがいつまで続くのかはわからないけれど……。
ちょうどそんなタイミングを狙い澄ましていたかのように、ぴこん、とスマホの通知音が鳴る。
開けば、旅行を満喫中の母・木綿子からの写真付きのメッセージだった。
別府での浴衣姿の写真を見る限り、全力でリフレッシュをしている模様だ。
『お店は無事です』と返信し、画面を閉じる。
思いのほかご新規様が訪れたことや、みなさんそれぞれに福を持ち帰っているようであることなど、店主に伝えたいことは積もっていたが、今は仕事のことは気にせず思いっきりバカンスを楽しんでもらおう。
「お母さん、旅行楽しそうでよかった」
「仕事のことを考えない時間が必要そうだったからな」
ひとりごとのように呟いた声に、いつのまにやら人間化しているイトが反応する。
正面のソファにはさっきまではかわいらしい気配しかなかったのに、突如として170センチそこそこの気配に伸びるのだ。
何やら訳知り顔でコメントする様はまるでこのお店のお偉いさんのよう。
「……どういうポジションからのコメント?」
「招き猫ポジションからのコメントだが?」
「えー。イトってお母さんとしゃべったことあるの?」
「さあ、どうだか」
「また大事なとこはぐらかすんだから!」
またしてもイトの情報がつかめない。
この糸は掴もうとすれど掴もうとすれど、するするとわたしの手から逃げていくやっかいな糸なのだ。
だけど情報がつかめなくても、妙に心が通じ合う部分があるように思えるのはなぜだろう。
正体不明なのに、恐ろしいと思ったことがない。
それもまた化け猫ゆえの術なのか。
「もう誰も来そうにないし、レジ締めちゃおうかな」
諦めて一日の最後の業務に入ろうとすると、イトが片手を挙げて制止した。
「いや、もうひとり来る気がする」
「……何それ野生の勘?」
「野生じゃない」
「うちの飼い猫にいつの間にかなってる!?」
そんな冗談みたいなやりとりをしながらも、気になった。
この閉店間際の時間に、もうひとりお客様がくるの?
ということは、けっこうお急ぎの人?
「いや、正確にはお客様じゃなさそうだな……」
店内のどこかにアンテナでもあるのか、宙を見上げて呟くイト。
化け猫の直感だろうか。猫のひげが何かに反応するように、イトはドアの外を見つめている。
「誰かが来るなら、猫の姿に戻っててよ。イケメン過ぎてお客様が倒れちゃうんでしょ?」
冗談を投げると、イトは首をゆっくりと横に振った。
「だから、お客様じゃないと言っただろう。今から来るのは、男だ」
「……どういうこと?」
こうなるともはや予言者ではないか。
わけもわからず混乱している内に、店の外側に一台の黒いセダンが停まるのが見えた。
ちょっと荒々しいブレーキの踏み方に、ちょっと嫌な予感がする。
やっぱりイトが言うように、お客様じゃないんだ……。
今日も常連さんに加えてご新規様がこられたなぁと振り返る。
やっぱりイトには招き猫の才能があるのだ。そこは素直に敬服する。
これがいつまで続くのかはわからないけれど……。
ちょうどそんなタイミングを狙い澄ましていたかのように、ぴこん、とスマホの通知音が鳴る。
開けば、旅行を満喫中の母・木綿子からの写真付きのメッセージだった。
別府での浴衣姿の写真を見る限り、全力でリフレッシュをしている模様だ。
『お店は無事です』と返信し、画面を閉じる。
思いのほかご新規様が訪れたことや、みなさんそれぞれに福を持ち帰っているようであることなど、店主に伝えたいことは積もっていたが、今は仕事のことは気にせず思いっきりバカンスを楽しんでもらおう。
「お母さん、旅行楽しそうでよかった」
「仕事のことを考えない時間が必要そうだったからな」
ひとりごとのように呟いた声に、いつのまにやら人間化しているイトが反応する。
正面のソファにはさっきまではかわいらしい気配しかなかったのに、突如として170センチそこそこの気配に伸びるのだ。
何やら訳知り顔でコメントする様はまるでこのお店のお偉いさんのよう。
「……どういうポジションからのコメント?」
「招き猫ポジションからのコメントだが?」
「えー。イトってお母さんとしゃべったことあるの?」
「さあ、どうだか」
「また大事なとこはぐらかすんだから!」
またしてもイトの情報がつかめない。
この糸は掴もうとすれど掴もうとすれど、するするとわたしの手から逃げていくやっかいな糸なのだ。
だけど情報がつかめなくても、妙に心が通じ合う部分があるように思えるのはなぜだろう。
正体不明なのに、恐ろしいと思ったことがない。
それもまた化け猫ゆえの術なのか。
「もう誰も来そうにないし、レジ締めちゃおうかな」
諦めて一日の最後の業務に入ろうとすると、イトが片手を挙げて制止した。
「いや、もうひとり来る気がする」
「……何それ野生の勘?」
「野生じゃない」
「うちの飼い猫にいつの間にかなってる!?」
そんな冗談みたいなやりとりをしながらも、気になった。
この閉店間際の時間に、もうひとりお客様がくるの?
ということは、けっこうお急ぎの人?
「いや、正確にはお客様じゃなさそうだな……」
店内のどこかにアンテナでもあるのか、宙を見上げて呟くイト。
化け猫の直感だろうか。猫のひげが何かに反応するように、イトはドアの外を見つめている。
「誰かが来るなら、猫の姿に戻っててよ。イケメン過ぎてお客様が倒れちゃうんでしょ?」
冗談を投げると、イトは首をゆっくりと横に振った。
「だから、お客様じゃないと言っただろう。今から来るのは、男だ」
「……どういうこと?」
こうなるともはや予言者ではないか。
わけもわからず混乱している内に、店の外側に一台の黒いセダンが停まるのが見えた。
ちょっと荒々しいブレーキの踏み方に、ちょっと嫌な予感がする。
やっぱりイトが言うように、お客様じゃないんだ……。