「このナルシスト! 裏切り者! 働けー!」

 店のドアを開けた途端、女の子の叫び声が聞こえたものだから、一瞬私の足は固まった。
――ひょっとして、喧嘩中かしら?
 いけないタイミングでお邪魔してしまったのかもしれない。
 ドキドキと心臓が早鳴る。
 こういう修羅場が、いちばん、苦手なのだ。子供の頃からずっとずっと。

 お店の奥を覗くと、女の子が一人、真っ白な毛の猫が一匹。

――あれ、喧嘩じゃなかったの?

 私の存在に気がついた女の子がはっと目を見開く。漫画で見るような「えっ」という口の形をしてから、すぐさま、
「いらっしゃいませ」
と笑顔で挨拶してくれる。
 その途端ににゃーと声を上げながら猫はどこかへ逃げてしまった。
 心なしか、女の子はむっと猫をにらんだ気がするが、気のせいか。

 見たところ、大学生といったところ。
 アルバイトの子だとすれば大学生か。
 上から下までばっちりトレンドらしいアイテムで決めている。
 嫁入りしてから、私自身トレンドに疎くなってしまったのでよくわからないが、多分そのはずだ。

「すみません、たまたまそこの県道を通りかかったら、ステキなお店が見えたもので」
「あ、ありがとうございます」

 はにかんだような照れ笑いを浮かべ、ぺこっとお辞儀する。

「何かお探しでしたらお手伝いします」
「……じゃあ、姑への手土産を」
「お姑さんはおいくつくらいですか?」
「72……いや、73だったかしら。70代前半です。背は……」

 私は姑の外見を説明する。太くもなく細くもない、街中でよく見かけるタイプのご老人といった体格だ。

 女の子は店の一角に私を案内してくれた。その辺りが年齢的・サイズ的にもぴったりな服のあるゾーンなのだろう。
 カジュアルなデザインから、エレガントなものまで、テイストは様々に揃えられている。
 秋らしい色合いのものがほとんどだった。

「お姑さんはどんなお洋服がお好みですか?」
「好み……ですか」

 問われて私は答えに詰まる。
 いつもどんな服を着ていただろうか。
 言われてみれば、考えたこともない、姑の好み。
 姑の姿を頭の中に思い描く。

「ごめんなさい……」
「いいんです、いいんです。……良かったらお掛けになってください」

 店の奥にある簡単な応接セットを薦められ、私は言われるがままに腰掛けた。
 女の子は向かいに腰掛け、何も言わず、私の言葉を待った。

「にゃー」
 いつの間にやら先ほどの白猫が帰ってきている。ひょいと女の子の膝上に乗っかり、身を丸める。

 見知らぬ人と向かい合っているのに、不思議と圧迫感はなく、むしろ私はリラックスさえしていた。
 白猫のおかげだろうか。
 女の子はいつまでも考え込んでいる私を急かすことなく、小さく微笑みを浮かべている。

「姑は――」
 自然と私の口が開く。
「あまり私のことが気に入っていないんです」