今はあの世に旅立たれた、福留絹子さんという素敵なお姉さんが創業した洋品店が、田舎の農家に嫁入りしてからの私のお気に入りだった。
 私よりほんのわずか年上の絹子さんはいつでも自分に合う服をさりげなく着こなす、おしゃれの達人で、私は生前絹子さんを慕っていたのだ。
 佳人薄命。自分とあまり年の変わらない絹子さんが八年前に亡くなったときは数日間寝込むほどだった。

 彼女はお店へ行けばいつでも私にあつらえ向きの服を仕入れてくれていた。
 私のためだけにわざわざ仕入れてきたのだなとわかるので、嬉しくて嬉しくてよく通ったものだ。

 農家に嫁いでからの季節ごとに同じことを繰り返す単調な、とはいえ安定した暮らし。
 その中で唯一の楽しみと言ったら、絹子さんのお店へ行くこと――じゃない、絹子さんに会いに行くことだった。

 今は私より二十ほど若い娘の木綿子さんが後を継いでいるのだそう。
 木綿子さんも愛らしい女性で、絹子さんの思いを受け継いでいるといっていいだろう。
 安全運転に気を配りながら、十数年ぶりに「絹子さんのお店」へとぐねぐねした山道を急いだ。
 今はどうなっているだろう?



 昔と変わらない店舗の外観にほっと胸をなで下ろしたのも束の間、駐車場の茂みから妙に視線を感じてそちらを覗き込んだ。

 物陰からじいっと私を警戒する、二つの碧い目。白猫だ。
 こんな白い猫、昔はいなかった気がするのだけれど……。

 でも不思議とどこか懐かしさを覚える猫だった。
 この目に、見覚えがあるのだ。

 だけどいつこの目を見たのだか……やはり私の思い違いね。

「こんにちは」

 お店の中はがらりと変わっていた。品揃えが今どきのものになっているのは当然だけれど、なんだか商品の種類が絞られている気がする。

 絹子さんの時代は婦人服だけじゃなくて靴や帽子、時計やジュエリー、裁縫道具、カーテンやぞうきんまで幅広く揃っていた。
「売れるものはなんでも売るのよ」なんて絹子さんは言っていたかしら。

 これも時代の影響だろう。
 今は何でも屋がなくたって、みんなインターネットとやらで買えてしまうのだから。
 私はこれっぽっちもインターネットなんて使えないけれどね。

「いらっしゃいませ」

 出てきた木綿子さんは、私より二十下とは思えないほど若々しかった。
 もう五十でしょう!? と目をぱちくりさせる。

「木綿子さん?」

 狼狽しながら声をかけると、彼女はこらえきれず笑い出した。

「母は旅行中です。私は娘の結衣と言います。初めまして」
「ああ……絹子さんのお孫さん。ごめんなさいね、木綿子さんにしては若すぎると思ったわ」

 自分の勘違いが馬鹿馬鹿しく、吹き出してしまった。
 結衣と名乗る孫娘は怪訝そうに私を見つめている。

「お孫さんがお店を継がれたのね。お手並み拝見させていただこうかしら」
「そんな……まだ今は母の店で。わたしはまだまだ勉強中の身です」
「当たり前じゃない。絹子さんの領域に到達するには相当な修行が必要よ」