「一気に4人もご新規さんが来るなんて、びっくりだよ。奇跡みたいな一日だね」

 夕方、閉店業務を一通り終えると、緊張から解放されたからだろうか、どっと疲れが出てきた。

 来店の約束があった常連さんくらいしか来ないだろうとタカをくくっていたのに、こんな神がかりみたいな出来事が起こるとは。
 それに、どのお客さんも満足げな様子で帰って行かれたのには、ほっとした。

 シャッターを閉めると、店の奥で紅茶を入れ、ひと息ついた。
 店の奥が住居になっているのだ。
 ついでに首と肩を回して緊張をほぐす。

 さっきまで猫の姿で過ごしていたイトは、しれっとこういうときだけ人間の姿に化けてわたしと一緒に紅茶とクッキーを口にしている。
 この人ったら、猫用の餌は食べてくれないんだよなあ……。

「猫の姿だとまともな食事にありつけないからな」
「好き嫌いしちゃいけません。ってか、勝手に人の心を読まないでよ」

 ……と言ってから、はっと気づく。

「ねえ、もしかしてさっきまでのお客さんの心も読んでたの?」

 昔から勝手にわたしの心を読んでは嫌みや皮肉を言ってくる猫ではあったけれど、その力はわたし以外の人に対しても使えるのか。

 だとしたらその能力を活用して、もっと稼げるのでは!?
 あらゆるお客さんのニーズを先読みして、ベストな商品を仕入れて、他店とはひと味違った店舗を展開できるのでは。
 などと欲にまみれたことを考えてみる。

「金儲けに神聖な力を使ってはいけません」

 あぐらを掻いてクッキーを頬張りながらぴしゃりと封じられると、なんかむかつくなぁ。
 ただ黙って座っているだけの姿ならば、神々しいまでに整っているのに。

「第一、ちゃんとお前はすでにお客さんの心に寄り添えているんじゃないか。今のところ」

 珍しくイトがわたしを褒めてくれた!
 滅多にないイベントに、わたしは照れてしどろもどろになる。

「そうかな? 特別なことは何もしてないよ。人見知りだし、話聞いてるだけって言うか」
「確かに、普段のお前からは考えられないくらい猫被ってる大人しさだな――」

 猫だけに? とはさすがに尋ねなかった。
 っていうか、どんな言い草?! さっき褒めてくれたのに!

「お客さんの話に耳を傾けること――傾聴が接客の基本だ。今どきの店はそういうの嫌がるだろう?」
「そもそもネット販売だと聞くどころじゃないし……ね」

 なかなか真っ当なことを言う猫だ。伊達に商店街で長生きしてきた化け猫ではないな。