店の中へ入ると、エアコンの風に汗がすうっと引いていく心地よさを感じた。
 山間の町だからそもそも都心よりはるかに涼しいのだが、それでもブティックだ。商品に汗は厳禁。

 同時に、目に飛び込んでくる婦人服の数々に食指が動く。
 古い店舗だが、隅々まで掃除が行き届いているばかりでなく、ちょっとしたコーナーに可愛らしいお花や置物が飾ってあるのが乙女心をくすぐる。全体的には明るい木目の温もりを感じる内装だった。

 その奥には簡易な応接セットが用意してある。
 店の奥は住居になっているのか、女の子はそこからお茶を持って出てきた。

「そんなことまで……すみません」

「運動後なんですから、ご遠慮なく……もちろん飲んだからって買わなきゃいけないことないですから、ご安心ください。町へようこそ、のつもりですので」

 冗談めかす様子から、落ち着いて見えるがその実人なつっこい女の子なんだな、と微笑む。

 椅子に腰掛けお茶を一口飲むと、さっきまでの疲れがどっと出た。

 ふと見上げた先の壁面に吊るされていたブラウスに目がいった。
 フェミニンなレースとボウタイが可愛い白ブラウス。

 いわゆる“男ウケ”するブラウスだと思う。
 清楚なイメージを植え付けられそうな白さ。

ーーつまりは、いつも着ている類の洋服だ。


『お前はこういう女らしい服が一番似合うんだからな』


 そう彼がいつも評価するのだから、きっと私にはフェミニンな洋服が似合うんだろう。

 彼とショッピングする時はもちろん、自分一人の時でさえも、私は進んでフェミニン系の服を買うことを意識した。

ーー彼好みの私になれるのなら。

 本気でそう信じて。

「……気になる服がありましたか?」

 ずっと壁面の一点を見つめていたからか、店員の女の子が問いかけた。

「あ、あの……白のブラウスが気になってしまって」

 ある意味これは習慣なのかもしれない。
 服屋へ入ったら彼の好き好む服を見つけることが。

「ではお取りします」

 静かに壁面から取り外して手渡してくれる。

「鏡で合わせてみてもいいですか? 汗をかいているので、さすがに試着するわけにも」
「試着されても構いませんよ。もし気になるようでしたら、汗ふきシートもありますし」

 さすが、用意周到だ。

 というわけでさくっと汗を拭いたのち、遠慮なく試着することにした。