商店街まで降りてみると、残念ながらそこはほぼシャッター商店街のようだった。
 閉業したたばこ屋、靴屋などが並んでいて、失礼な言い方だが昼間なのにうらぶれた寂しい雰囲気が伝わってくる。
 多分、彼なら鼻で笑ってさっさとタクシーでもなんでも呼んでしまうところだろう。

 その中に一軒、明かりのついた店があった。
 遠目でもショーウインドウに飾られた色とりどりの洋服がよくわかる。洋品店だ。
 しかし、これだけ離れていてもウインドウの中がわかるということは、よほど丹念にガラスを磨いているのだろう。

 離れた位置から眺めているときだった。

「ひっ」

 足にもふもふした感触を突然感じて、小さな叫び声を上げてしまった。

 はっと下を見ると、白い猫が甘えるように私の脛に体を寄せている。

「なんだ、さっきの野良猫かぁ」

 登山用のスパッツ越しとはいえ、唐突な感触だったものだったから、面食らってしまった。
 しかも……よりによって左足の脛、か。

 しゃがみ込んで白猫を撫でる。

「どうしてここが痛いってわかったの?」

 苦笑しつつ、冗談交じりに尋ねる。

 まるで言葉を理解しているかのように、猫はじっと私の瞳を見つめた。
 深い碧い目が、私の心を読もうとしているかのようだ。

 ひょっとして……。
 いや、まさか。

 猫と見つめ合う数秒に、妙な緊張感を覚えた時だった。

「こらっ、イト」

 正面から女性の声がして、猫はててて、と駆けだした。
 顔を上げると、ブティックの前に私より少し年下に見える女の子が立っておいでおいでをしていた。
 しかしするっと猫は店の中に逃げ込む。

 はあ、とため息をつくと、彼女は私のそばまで寄ってきた。
 しゃがみ込んでいた私は立ち上がる。

 すごくおしゃれな女の子だ。今はやりの服装をさらりと着こなしている。色もフォルムも全て自分に似合うものを把握しているのだ。

「ごめんなさい、イトが……猫がご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 イト、というのね、さっきの猫ちゃん。

 様子からして、ブティックの店員さんとその飼い猫といった関係だろうか。
 彼女の服装が全て体に馴染んだ様子なのもうなずける。

 慌てて、首を横に振った。

「いえ、私が先に気になったんです、あまりにも毛がきれいで。目も深い良い色をしていますね」
「ダメなんですよ、そういうこと言っちゃ」
「え?」

 うそ、私、何か失礼なことを言ったかしら?
 などと内心焦っていると。

「彼は外見に自信があるので、褒めると調子に乗るんです」

 女の子が真剣に猫に困っている風だったので、吹き出してしまった。

 まさかナルシストの猫だったなんて。

 つられて彼女もくすっと笑い、それからちらっと私の服装を見て、

「登山帰りですよね? 良かったらうちで涼んで行かれませんか?」
「ええ。立ち寄らせてもらいます。山頂から見てこの辺りが気になっていたんですよね」
「え、山頂から?」

 あ、私、変なこと言ったかも?

 やりとりしているうちに、先ほどの痛みは頭の外へ消え去っていた。