しばしの沈黙。
 怖くて店員さんのいるレジカウンターを見ることさえもできない。
 傷ついただろうか? あきれてものも言えないのだろう。

 時間にすれば数秒の沈黙が、数時間の沈黙に思えたときだった。

「お客様は不細工なのですか?」

 思いがけない問いに、動揺を隠せなかった。
 怒られる? なじられる?
 だけどそんな声色じゃない。
 相変わらず怖くて顔が見られず、うつむいて答える。

「……まあ、この見た目ですから。全体的にぼやっとした顔だし、スタイルも良くないし」

 別に同情を引きたいわけではなかった。でも、卑屈な言葉は出てきてしまう。

「こちらへ立っていただけますか」

 そこでやっと姿勢を正した。視線を移すと、店員さんは相変わらずほんわかした表情で、全身鏡の前に立っている。

 素直にソファから立ち上がり、鏡の前に立った。
 というか、いつの間にか膝の上にいたはずのイトがいなくなっているではないか。

「よく見てください」

 驚くべきほどよく磨かれた鏡だった。
 家にある鏡はいつだって埃を被っているし、学校のトイレの鏡は常に水道水が飛び散った跡の鱗でくすんでいる。
 こんなに鮮明に自分の姿を見たのは、いつ以来だろう。

 全身が安っぽいな、と正直に思った。
 シャツは、通販でいい加減に購入しているせいで、サイズが正確には合っていない。肩が落ちている。色もなんだか肌や髪の色と馴染んでいない。
 実を言うと、デニムのウエストも合っていないのだ。丈は適当に折っている。
 その上、中学生の頃から使っているメガネのフレーム。しょっちゅう「ダサいね」と陰口を叩かれているのは自覚している。
 髪だって天然パーマがどうにもならないくらいに暴れている。
 あまりにもいい加減な外見。

 はあ、とため息をつく。
 ん? 私はため息なんてついていない……。
 鏡の中の私が、勝手にため息をついたのだ!

『こんな格好じゃますます陰キャラになっちゃう』

 ぎくりとした。
 鏡の中の私が、またしても勝手に、今度はしゃべり始めたのだから。

 しかも頭や肩や肘や腰から、ちくちくと針のようなものが生えている。
 慌てて鏡のこちら側の体を見回すが、そんなものは生えていない。

――ハリネズミみたい。

 針で存在を覆い尽くし、周囲を攻撃しながら、誰とも近づけない。
 きっとそれが本当の私の姿なんだ――。

 卑屈になっておしゃれをバカにして、他人の目や声を防御しまくっている自分。
 だけど実のところ、他人が羨ましくてたまらない自分。

『不細工だって言い訳して、面倒くさがってるだけじゃん』

 自分で認めてこなかった自分の姿。

 服を研究するとか、髪型を研究するとか、そういう他の女子たちがコツコツ努力していることが面倒くさくて、「私はどうせ不細工だから」と言い訳を重ねてきただけではないのか?
 そういう努力を見下して、バカにして、自分を守ってきただけなのではないか?

 たとえば恋愛ゲームや少女漫画のヒロインのように、

『本当は、可愛いって言われたいのに』

 みたび、鏡の中の【私】が口を開く。
 無論、これこそが私の本音――。

【私】は、私が身じろぎもしないのに反し、腕を動かした。

『ああいうワンピースを着れば、ヒロインになれそうなのにな』

【私】はまっすぐ、私の左斜め後ろを指さした。
 もはやホラーとも言える展開だが、不思議とその現象を受け入れている自分がいる。

――どこを指さしているの?