店を入ったすぐのところで、白猫は丸くなってくつろいでいた。
ここは自分の場所だと主張せんばかりのくつろぎよう。
きっとここが彼の飼い主の店なのだろう。
「どうぞ、猫と遊んでて構いませんよ」
女性の声にはっと顔を上げる。
てっきりおばちゃんのお店だと思っていたけれど、違っていた。
私より少し年上――大学生くらいの女性。
今どきの流行を押さえているっぽい服で上下を固めている。メイクも髪型も、よくSNSやテレビで見るような、流行らしさがある。詳しくはよくわからないけれど。
だけど、アパレルショップの店員にありがちな圧迫感は全くなかった。
今だって、声を掛けられなければ気づかずに猫と遊びだしてたかもしれないくらいだ。
つまり、居心地がよいのだ。
「あ、すみません……服を買いに来たんじゃなくって、猫を追いかけて入って来ちゃったんです。すぐに出ます」
恐縮してペコペコ頭を下げると、店員さんは首を横に振った。
「そういう方、よくいるんで大丈夫ですよ。遊び相手がわたしばかりだとこの子――イトも飽きちゃうんで、ちょっとのあいだ面倒見ていてくれませんか?」
ほわっとした笑みを浮かべて、店員さんはごく普通にお願いする。
え、そんなのあり? っていうか、私みたいな人、他にもいるの?
思わぬお願いに、目をぱちくりさせる。
なんだか、服屋さんって感じじゃない。
友達の家に来たら、その子のお姉ちゃんに頼み事をされたって気分だ。
「え、あ、はい」
頼まれたことにNOが言えない性分なもので、白猫――もとい、イトを撫でる。
だけどもう寝るつもりなのか、身じろぎだにしない。
「かがんでいると腰に悪そうだし、良ければソファに座ってくださいね」
これまた妹の友達に勧めると言った風に促されて、イトを抱っこしてソファに腰掛ける。
改めて店内を見渡すと、様々な年代の女性向けの商品が並べられている。店舗自体は古そうだが、ところどころに造花や陶器が飾られていて明るい雰囲気になっている。
こんな風に服屋さんでくつろぐなんて、経験したことがない。
第一、こんな風に猫を撫でていても、無闇に店員さんが話しかけてこないのが、不思議だ。
普通、「これいいですよね?」とか言ってあれこれ高いアイテムを薦めてくるものだけれど。
店員さんは黙々と帳簿に何やら書き留めたり、電卓を打ったりしている。アナログ派の人なのかもしれない。
「実は、服屋さんって苦手なんです」
あまりにも服屋さんにいる実感がないからか、口から勝手に言葉が出ていた。
「そうなんですね」
嫌な顔一つせず、店員さんは顔を上げて相づちを打つ。
服屋さんに放つ言葉としては失礼だったかもしれないが、眉をひそめられることはなかった。
「だけど、このお店はあまり苦手な感じがしません」
「ありがとうございます」
それだけにっこり微笑んで告げると、再び彼女は電卓作業へと戻る。
受け取りようによっては冷たく感じる人もいるかもしれない。
でも、私にはその距離感がちょうど心地よい。
「おしゃれってなんのためにするんでしょうね」
店を見渡しながら、私はいつしかそう呟いていた。
「修学旅行の時に初めてクラスメイトの前で私服を着て見せたら、陰でダサいって笑われてたんです。
他の可愛い女の子たちはみんな流行のファッションで、ちょっとメイクをしたりして。
だけどそういうのは元々可愛いから似合うんですよね。私みたいな不細工な人間がそういう服を着たって無駄なんですよ。
だいたい流行を追い続けるのってどこか虚しい気がするし。おしゃれなんてチャラチャラした女の子がしてればいいんです。人に合わせて頑張る意味が私には分かりません。
だからあえて、ファストファッションで地味な服を着て、私は私を表現しているんです。私はあなたたちに迎合しないぞって」
一気に吐き出してから、自己嫌悪に苛まれる。
せっかく居心地のいい服屋さんにいるのに、その店員さんに向かってネガティブな、それも喧嘩を売るような言葉の羅列をぶつけるなんて……最低だ。
ここは自分の場所だと主張せんばかりのくつろぎよう。
きっとここが彼の飼い主の店なのだろう。
「どうぞ、猫と遊んでて構いませんよ」
女性の声にはっと顔を上げる。
てっきりおばちゃんのお店だと思っていたけれど、違っていた。
私より少し年上――大学生くらいの女性。
今どきの流行を押さえているっぽい服で上下を固めている。メイクも髪型も、よくSNSやテレビで見るような、流行らしさがある。詳しくはよくわからないけれど。
だけど、アパレルショップの店員にありがちな圧迫感は全くなかった。
今だって、声を掛けられなければ気づかずに猫と遊びだしてたかもしれないくらいだ。
つまり、居心地がよいのだ。
「あ、すみません……服を買いに来たんじゃなくって、猫を追いかけて入って来ちゃったんです。すぐに出ます」
恐縮してペコペコ頭を下げると、店員さんは首を横に振った。
「そういう方、よくいるんで大丈夫ですよ。遊び相手がわたしばかりだとこの子――イトも飽きちゃうんで、ちょっとのあいだ面倒見ていてくれませんか?」
ほわっとした笑みを浮かべて、店員さんはごく普通にお願いする。
え、そんなのあり? っていうか、私みたいな人、他にもいるの?
思わぬお願いに、目をぱちくりさせる。
なんだか、服屋さんって感じじゃない。
友達の家に来たら、その子のお姉ちゃんに頼み事をされたって気分だ。
「え、あ、はい」
頼まれたことにNOが言えない性分なもので、白猫――もとい、イトを撫でる。
だけどもう寝るつもりなのか、身じろぎだにしない。
「かがんでいると腰に悪そうだし、良ければソファに座ってくださいね」
これまた妹の友達に勧めると言った風に促されて、イトを抱っこしてソファに腰掛ける。
改めて店内を見渡すと、様々な年代の女性向けの商品が並べられている。店舗自体は古そうだが、ところどころに造花や陶器が飾られていて明るい雰囲気になっている。
こんな風に服屋さんでくつろぐなんて、経験したことがない。
第一、こんな風に猫を撫でていても、無闇に店員さんが話しかけてこないのが、不思議だ。
普通、「これいいですよね?」とか言ってあれこれ高いアイテムを薦めてくるものだけれど。
店員さんは黙々と帳簿に何やら書き留めたり、電卓を打ったりしている。アナログ派の人なのかもしれない。
「実は、服屋さんって苦手なんです」
あまりにも服屋さんにいる実感がないからか、口から勝手に言葉が出ていた。
「そうなんですね」
嫌な顔一つせず、店員さんは顔を上げて相づちを打つ。
服屋さんに放つ言葉としては失礼だったかもしれないが、眉をひそめられることはなかった。
「だけど、このお店はあまり苦手な感じがしません」
「ありがとうございます」
それだけにっこり微笑んで告げると、再び彼女は電卓作業へと戻る。
受け取りようによっては冷たく感じる人もいるかもしれない。
でも、私にはその距離感がちょうど心地よい。
「おしゃれってなんのためにするんでしょうね」
店を見渡しながら、私はいつしかそう呟いていた。
「修学旅行の時に初めてクラスメイトの前で私服を着て見せたら、陰でダサいって笑われてたんです。
他の可愛い女の子たちはみんな流行のファッションで、ちょっとメイクをしたりして。
だけどそういうのは元々可愛いから似合うんですよね。私みたいな不細工な人間がそういう服を着たって無駄なんですよ。
だいたい流行を追い続けるのってどこか虚しい気がするし。おしゃれなんてチャラチャラした女の子がしてればいいんです。人に合わせて頑張る意味が私には分かりません。
だからあえて、ファストファッションで地味な服を着て、私は私を表現しているんです。私はあなたたちに迎合しないぞって」
一気に吐き出してから、自己嫌悪に苛まれる。
せっかく居心地のいい服屋さんにいるのに、その店員さんに向かってネガティブな、それも喧嘩を売るような言葉の羅列をぶつけるなんて……最低だ。