黒燁の温もりも、香りも、感触も、しっかりと心と身体が覚えていた。
けれども、白龍の抑制から解き放たれた今も、記憶は一向に戻ってこなかった。

「記憶が戻らないのが、やはり気になるか?」

宙は小さく頷いた

「おそらくあの白龍の力が、残滓のように残っているのだろう」

忌々しいことだ、と黒燁は毒づいた。

武水はその後も姿を見せずにいた。
黒燁は、天界に戻っているのだろう、と言っていた。

武水が白龍そのものだったということは、公にはなっていない。
とは言っても、以前と同じ様な生活をしに戻ってくるとは考え難かった。

だが、あいつはまだ何か企んでいる、と黒燁は警戒をしていた。

一千年の昔、黒燁と同様に宙を愛していた白龍は、嫉妬のあまり黒燁と宙の仲を引き裂いた。
そして宙の一族を罪人に仕立て上げ、現代に至るまで監視下に置き、あまつさえ宙の霊力を奪い、底辺と周囲から嘲弄されることに目をつぶったのだ。
近い将来、宙を己のものにするために。

今まで優しくしてくれたのは、すべて我欲のため――そう知って久しい今も、宙の胸は悲しみだけがあった。
優しかった武水。
少し強引なところがあったが、宙を見つめてくれる瞳はいつも優かった。

(一千年前の記憶が戻れば、少しは武水君のことを理解できるのかな……)