だめだ。それ以上耳を傾けては――。

そう武水の声が聞こえたが、まるで空耳のように遠かった。

今、宙の耳と心を占めていたのは、鬼の低く穏やかな声と、締め付けられるような愛おしさだけだった。

(知っている。私は、この声を聞いたことがある。ずっと、ずうっと昔に)

鬼の手が頬に触れた。

「さぁ思い出してくれ。俺の永遠の伴侶。俺だけの愛しい女」

意識が遠くなり、目を閉じる。
真っ白な意識の中で、遠い記憶の彼方まで旅をする。

辿り着いて目を開けると、そこは桃源郷のような世界だった。

温かな日差し。
咲きみだれる、色とりどりの花。

宙は見たことのない美しい装束を着て、長く豊かな黒髪に煌びやかな宝飾を飾っていた。

甘い薫風に撫でられるその身体は、逞しい腕の中にあった。

見つめたすぐ先には、鬼がいた。
優しく笑って、愛に満ちた眼差しを、宙だけにそそいでいた。

胸が、高鳴っていた。
そよ風では到底消せるはずのない熱が身体中を満たし、苦しいほどに胸が締め付けられていた。

幸せだった。

愛している。

甘く囁かれ、すべてを捨ててもいいほどに、幸せだった。

(知らない……こんな記憶、知らない……。でも)

この感情を、覚えている。

(私は確かに、彼を愛していた)