目を背けた宙の視界に、河が映った。
豪雨で増水し、激流となっていた。
濁流が街を切り裂くように縦断する様は、今にも血を溢れさせようとしている傷口のようにも見えた。

氾濫するのは時間の問題だった。
いや、すでに河川敷の道路には、濁水が流れ込み始めている。

「あ……!」

不意に、雪がはっとした声を上げた。

浸水し始めた住宅のひとつに、生前、雪が老婆と一緒に住んでいた空き家があった。

雪は何も言わなかった。
けれども、見えなくなってもずっと、老婆との思い出の家を眺めていた。

宙は強く雪を抱き締めた。

(全部、私のせいだ)

そうして、使役霊は宙の家に着いた。
鬱蒼とした森に覆われているので暴風雨にさらされてはいなかったが、電力はやはり断線していた。
暗がりにひっそりと佇む古い日本家屋は、自分の家だというのに、ひどく不気味に見えた。

「着いて早々申し訳ありませんが、私はすぐに戻ります」

礼儀正しく頭を下げる鳥の使役霊を、宙は抱き締めた。

「ありがとう、送ってくれて。あんな鬼に勝てるわけない、行っちゃだめだよ、って言っても、あなたは戻っていっちゃうんでしょう?」
「もちろんです。私は武水様にお仕えしていますので。あなた様も、武水様の言われた通りになさって、どうかご無事に」

そう言い残し、鳥の使役霊は飛び去って行った。