遠くに聞こえるスマートフォンの着信音。
 寝てたのか、と瞼を擦りながら身体を起こし、手探りでバッグの中からお目当てのものを取り出した。
 時刻は二十二時、電話をかけてくるのには少し遅すぎる時間だ。両親のどちらかだろう、と手に取ったスマートフォンの画面を見て、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒する。
 速水陸。表示された名前は、お隣の家の彼のものだった。

「も、もしもし?」
『……悪い、もしかして寝てた?』
「あはは、ちょっと疲れてソファーでうたた寝してた……」
『身体傷めるぞ』

 萌の身体を心配する優しい言葉に、自然と頬が緩む。

「それよりどうしたの、陸ちゃん。電話なんて」
『いや、今日こっちに帰ってきたから、明日あたり時間取れないかな、と思って』

 その言葉に慌てて起き上がり、カーテンを全開にする。確かに隣の家の二階、陸の部屋からは明かりが漏れていた。

「うん! 作るよ、時間! あ、部活が終わってからになるから夜になっちゃうけど……」
『それなら学校まで迎えに行く。バスで一本だろ?』

 陸の言葉に胸の辺りがむず痒くなるのを感じる。
 嬉しい、けど恥ずかしい。何だろう、この気持ち。
 せっかくの申し出だが、日々の練習と先日甲子園を終えたばかりで疲れているであろう陸にそこまでさせるのは申し訳なくて、萌が断ろうとしたときだった。陸が魅力的な言葉を紡ぐ。

『明日、夏祭りだろ? 萌と一緒に行きたい』

 断る理由なんて、あるはずがない。近所の夏祭りに行くのは久しぶりだ。小学生の頃は毎年陸と二人で行っていたが、陸が別の中学校に進学してからは、ほとんど行っていなかったのだ。

「本当!? 楽しみにしてるね!」
『ん。俺も。じゃあ明日、学校まで迎えに行くから』

 そう言って切られた電話に、萌は少しだけ戸惑いながらも、ふとあることに気がつく。

「家の近所の夏祭りなんだから、学校まで迎えに来なくても、バス停で待ってればいいのに……」

 その方が手間もお金もかからないし、何より陸は少しでも休む時間が取れる。
 名案だ、と思い、メッセージアプリを立ち上げる。送信先はもちろん陸。バス停で待っていてくれれば大丈夫だよ、と送ったメッセージに、すぐ既読の文字がつく。しかし返ってきたのは何時に部活終わるの、という簡素な文で、見事に会話が成り立っていない。
 陸はかわいい顔立ちをしているが、頑固なところがある。一度決めたことは絶対に譲らないし、野球を始めてからはその性格に拍車がかかったように思える。
 これは素直にお願いしちゃった方がいいかな。
 萌は小さな笑みをこぼしながら、部活の終わる時間を送り、よろしくね、と付け足した。