萌は緊張していた。甲子園の決勝戦。リアルタイムで中継を見ることが出来なかったので、録画した映像を再生する。
 先発投手は陸だった。ヒットは出るものの互いに失点を許さず、迎えた六回表。陸の投げたストレートが、バットの芯に当たる。

「あっ」

 思わず声を上げた萌と、実況のアナウンサーの「打ったー!」という叫び声が重なる。バッドの真芯に捉えたボールは高く飛び、バッターが勢いよく走り出す。

 お願い、フェンスは越えないで。

 祈るような萌の気持ちも、過去の映像には届くはずもなく、ボールはフェンスをギリギリのところで越えていった。

「ホームラン! 均衡を破ったのは、二年生エースの塚越、塚越のホームランです!」

 バッターがホームに帰る瞬間がテレビに映し出される。陸はどんな顔をしているのだろう。そればかりが気になった。
 東星学園も粘った。その後は出塁されても失点を許さなかったし、攻撃の際には積極的にバッドを振った。それでも、一点の差が最後まで埋まることはなかった。
 たかが一点。されど一点。
 一点の重さを見せつけられた、そんな試合だった。

 試合の後には優勝したチームへのインタビューが続いた。完投した三年のピッチャーを称え、勝利打点をあげた二年生エースに話を聞いている。
 ホームランを打った彼は二年生なので、来年も陸の前に立ちはだかるかもしれない。そう思いながらインタビューを聞いていると、ふいに知っている顔がテレビに映し出される。陸だった。

「決勝戦の結果は残念でしたが、試合を通していかがでしたか?」
「自分の力不足を実感しています。先輩方にとっては最後の試合だったのに、不甲斐ない思いでいっぱいです」
「速水選手は先日の準決勝で完封試合を見せてくれましたが、今日も完封を狙っていましたか?」
「いえ、準決勝も、今日の決勝も、完封を狙っていた訳ではないです。仮に打たれてもフォローしてくれる心強い仲間がいるので、安心して一球入魂することが出来ました」
「来年も速水選手の活躍を期待しています」
「ありがとうございます」

 ぺこり、と深く陸がお辞儀して、インタビューは終わった。流していた映像を停止し、間違って消してしまわないようロックをかける。
 萌はクッションを抱きながら、スマートフォンに手を伸ばした。

 東星学園野球部では、部員のスマートフォンは基本的に取り上げられていて、月に一度家族に連絡を取るときしか使えないはずだ。
 だからメッセージを送ったところで、陸がすぐにそれを見ることはないだろう。それでも送らずにはいられなかった。

 決勝戦、見たよ。おつかれさま。

 短い文章だ。そっけないと思われるかもしれない。しかし、それ以上の言葉は思い付かなかったのだ。
 陸ちゃんすごい頑張ってたね。惜しかったけどかっこよかったよ。来年こそ優勝出来るといいね。
 どんな言葉で慰めようとしても、きっと無駄なのだ。同じ時間を共にした仲間からの言葉でないと、きっと。
 自分の無力さを噛み締めながら、萌はクッションに顔を埋めた。