翌日、萌は学校を休んだ。いわゆるズル休みだ。駿介が迎えに来る前に、朝早くからメッセージを送り、休む旨を伝える。了解、お大事にという返信を見てから再びベッドに沈み込み、深い眠りについた。
よほど疲れていたのだろうか。起きたら午後の二時で、萌は時計を二度見してしまった。顔を洗って鏡を見ると、目がすっかり腫れてしまっている。だから母も休むことをすんなり承知してくれたのかもしれない、と思った。
両親は仕事で家を出ていたけれど、書き置きと共に食事を準備してくれていた。オムライスとサラダとスープ。オムライスを電子レンジで、スープも鍋に火をかけて温め直す。
遅めの朝食兼昼食は、空っぽのお腹には少し重たかったけれど、なんとか全部食べ切った。
そしてもうすぐ授業は全部終わってしまう頃だが、萌は高校の制服に着替えて家を出る。向かう先はもちろん、学校だ。
大会の翌日のため、今日の吹奏楽部の活動はお休みだ。それもあって萌は学校をズル休みしたのだが。
今から学校に向かっても、授業も部活もないことは分かっていた。それでも自然とバスに乗っていた。
通勤通学の時間ではないバスは、ガラガラだった。痴漢にあったことがある、と話してからはいつも駿介が送り迎えをしてくれていたので、一人でバスに乗るのは久しぶりだ。
空いている窓際の席に座り、見慣れた景色を眺める。隣にいつもいるはずの駿介がいないだけで、その時間がやけに長く感じられた。
高校前にバスが停まり、定期券をかざしてバスを降りる。いつも通り玄関でローファーを脱ぎ、上靴に履き替える。そう言えばこの上履きも、泥まみれにされて駿介が代わりに買ってきてくれたものだ。
教師に見咎められたら面倒なので、音を立てないように静かに音楽室へ向かう。幸い帰りのホームルームが始まっているようで、音楽室には誰もいなかった。
この音楽室にはたくさんの思い出が詰まっている。
吹奏楽部に入って、楽器決めのオーディションをしたこと。駿介と二人トランペットパートに無事決まり、一緒に喜んだこと。一年目のコンクールのオーディションで、ファーストトランペットを勝ち取れず、悔しくて泣いたこと。それからコンクールの練習で出来ないところを何度も駿介に付き合ってもらったこと。ソロコンテストのオーディションで駿介に負けたこと。
数え切れないほどの思い出を振り返りながら、ぽーん、とピアノの鍵盤を一つ押してみる。ピアノは全く弾けないので、なんとなく触ってみただけだ。するとガラリと音楽室のドアが開き、萌は飛び上がるほど驚いた。
「わあっ!?」
「えっ雨宮?」
「や、矢吹くん…………」
「あれ? 今日休みだろ? なんでこんなとこにいるの」
矢吹くんこそ、部活が休みなのになんで、と言いかけて、すぐに気がつく。きっと楽器を持ち帰りに来たのだ。家でもいつも練習している。誰よりも頑張り屋な彼の考えそうなことだ。
「元気になったからなんとなく来てみたんだけど、そういえば今日部活も休みだったね」
「そうだな。もう帰るなら一緒に帰るけどどうする?」
「……じゃあ、お願いします」
さっき来たばかりだというのに、もう帰るのはおかしな話だ。でも、萌は気づいていた。授業も部活もないと分かっている時間に、自分が学校に来ようと思った理由。
それは。
「本当は、なんとなくじゃないの」
「え?」
「矢吹くんに会いたくて、……会いたくなったから来たんだよ」
ピアノの鍵盤に布をかけ、蓋を閉める。ドキドキとうるさい心臓の音を聴きながら、平静を装って顔を上げた。そこには、目を丸くした駿介が立ち尽くしていた。
よほど疲れていたのだろうか。起きたら午後の二時で、萌は時計を二度見してしまった。顔を洗って鏡を見ると、目がすっかり腫れてしまっている。だから母も休むことをすんなり承知してくれたのかもしれない、と思った。
両親は仕事で家を出ていたけれど、書き置きと共に食事を準備してくれていた。オムライスとサラダとスープ。オムライスを電子レンジで、スープも鍋に火をかけて温め直す。
遅めの朝食兼昼食は、空っぽのお腹には少し重たかったけれど、なんとか全部食べ切った。
そしてもうすぐ授業は全部終わってしまう頃だが、萌は高校の制服に着替えて家を出る。向かう先はもちろん、学校だ。
大会の翌日のため、今日の吹奏楽部の活動はお休みだ。それもあって萌は学校をズル休みしたのだが。
今から学校に向かっても、授業も部活もないことは分かっていた。それでも自然とバスに乗っていた。
通勤通学の時間ではないバスは、ガラガラだった。痴漢にあったことがある、と話してからはいつも駿介が送り迎えをしてくれていたので、一人でバスに乗るのは久しぶりだ。
空いている窓際の席に座り、見慣れた景色を眺める。隣にいつもいるはずの駿介がいないだけで、その時間がやけに長く感じられた。
高校前にバスが停まり、定期券をかざしてバスを降りる。いつも通り玄関でローファーを脱ぎ、上靴に履き替える。そう言えばこの上履きも、泥まみれにされて駿介が代わりに買ってきてくれたものだ。
教師に見咎められたら面倒なので、音を立てないように静かに音楽室へ向かう。幸い帰りのホームルームが始まっているようで、音楽室には誰もいなかった。
この音楽室にはたくさんの思い出が詰まっている。
吹奏楽部に入って、楽器決めのオーディションをしたこと。駿介と二人トランペットパートに無事決まり、一緒に喜んだこと。一年目のコンクールのオーディションで、ファーストトランペットを勝ち取れず、悔しくて泣いたこと。それからコンクールの練習で出来ないところを何度も駿介に付き合ってもらったこと。ソロコンテストのオーディションで駿介に負けたこと。
数え切れないほどの思い出を振り返りながら、ぽーん、とピアノの鍵盤を一つ押してみる。ピアノは全く弾けないので、なんとなく触ってみただけだ。するとガラリと音楽室のドアが開き、萌は飛び上がるほど驚いた。
「わあっ!?」
「えっ雨宮?」
「や、矢吹くん…………」
「あれ? 今日休みだろ? なんでこんなとこにいるの」
矢吹くんこそ、部活が休みなのになんで、と言いかけて、すぐに気がつく。きっと楽器を持ち帰りに来たのだ。家でもいつも練習している。誰よりも頑張り屋な彼の考えそうなことだ。
「元気になったからなんとなく来てみたんだけど、そういえば今日部活も休みだったね」
「そうだな。もう帰るなら一緒に帰るけどどうする?」
「……じゃあ、お願いします」
さっき来たばかりだというのに、もう帰るのはおかしな話だ。でも、萌は気づいていた。授業も部活もないと分かっている時間に、自分が学校に来ようと思った理由。
それは。
「本当は、なんとなくじゃないの」
「え?」
「矢吹くんに会いたくて、……会いたくなったから来たんだよ」
ピアノの鍵盤に布をかけ、蓋を閉める。ドキドキとうるさい心臓の音を聴きながら、平静を装って顔を上げた。そこには、目を丸くした駿介が立ち尽くしていた。