コンテストの結果は想像通り金賞だった。駿介は喜びよりも安堵の気持ちが大きかったらしく、ほっと息を吐いていたが、萌たち吹奏楽部員はみんな自分のことのように喜んだ。
 その日は珍しく、萌も駿介も居残り練習はせずに帰宅した。きっと駿介が疲れているだろうから、早く休んだ方がいいと思ったのだ。疲れているところ送ってもらうのも悪いから一人でも帰れるよ? と一応提案してみたが、あっさり却下されてしまったけれど。

 帰り道、いつもならいくらでも会話が弾むのに、今日ばかりはダメだった。
 駿介のことを好きだと意識してしまった途端、何を喋っていいか分からなくなる。

「なんか今日、雨宮ちょっと変じゃない?」
「えっ、なんだろう……疲れたのかな」
「あー、大会とかって付き添いだけでも結構疲れるもんな」

 早めに寝ろよ、と優しい言葉をかけてくれる駿介に、それだけで胸がぎゅっと締め付けられる。
 優しい。駿介は前から優しかったけど、今日は一段と優しく感じる。それに何より、なんだかきらきらして見える気がする。
 矢吹くんってこんなにかっこよかったっけ、と声に出してしまいそうになって、慌てて口を押さえる。これはさすがに失礼だ。
 そんな挙動不審な萌のことを、全て疲れているからだ、と判断してくれたようで、それ以上駿介に突っ込まれることがなかったのは幸いだ。

「矢吹くん、あのね」

 気持ちを伝えたい。でも、まだダメだ。
 陸にプロポーズの返事をしてからでないと、なんだかずるい気がする。気持ちに応えることは出来なくても、陸に対して誠実でありたいと、そう思うから。

「ん? なに」
「私も今なら『愛の挨拶』、上手に吹けるかもしれない」

 その言葉だけで十分だった。駿介はしばしその意味を考えて、え、と固まる。萌はにっこりととびっきりの笑顔を浮かべてみせる。

「また明日ね! 送ってくれてありがとう!」
「は、ちょっと、雨宮!?」

 困惑する駿介に手を振り、萌は家の扉に手をかける。振り返ったときに見えた月は満月で、だからだろうか。この間陸と電話しながら見たそれよりも、ずっと、きらきら輝いて見えたのだった。