陸から電話がかかってきたのは、十月の半ば、月の綺麗な夜だった。話を聞いてみると、十一月のスマートフォン解禁日はちょうどソロコンテストの日らしく、自分のことではないけれどいい結果が報告出来ればいいな、などと考えてしまう。

『最近は練習試合とかでもスコアが結構良くて、好調なんだよ』

 でもやっぱり甲子園以来、かなり俺の対策はされているみたい、と陸が苦笑いをこぼす。
 それもそうだろう。甲子園準優勝校、しかもそのエースピッチャーだ。今後はマークされることを前提に投げていかなければいけないと考えると、今までよりもさらに大変になるだろう。
 それでも陸は野球が苦ではないようで、楽しそうに話してくれた。それが萌は嬉しくて、思わずよかった、とこぼしてしまう。

『よかったって、何が?』
「えっ、…………えっと、私が陸ちゃんを野球にの道に無理矢理引き込んだのに、私は辞めちゃったでしょ? だから、せめて陸ちゃんが楽しんで野球をやれててよかった、って」

 言葉にしてみるとなかなか自分勝手な行ないだった。自分がキャッチャーをやりたいから、という理由で陸を野球チームに引き摺り込んで。そのくせ辞めるときは自分の都合で一人で辞めて。陸に嫌われていないことが、不思議なくらいだ。
 それでも陸は『変な萌』と言って笑ってくれた。

『萌が野球を辞めたって、俺と萌が一緒に野球をやってた楽しい時間はなくならないじゃん』
「うーん、そういうもの?」
『そういうものだよ。野球の楽しさは、萌が教えてくれたんだから』

 萌は変なところを気にするよね、と笑っていた陸の声がふいに途切れる。

「陸ちゃん? どうしたの?」
『萌、今外見られる? 窓からでいいから』
「うん、ちょっと待ってね」

 閉まっていたピンク色のカーテンを開け、外を見る。特に何も見えないけど、と萌が言うと、陸が月だよ、と優しい声で囁く。

「あ、本当だ。月、まんまるだね」
『月も星も、今日はいつもより綺麗に見えるね』

 その言葉を聞いて、夏目漱石の有名な訳を思い出す。アイラブユーという英語を、愛しています、と訳すのではなく、月が綺麗ですね、と訳したらしい漱石は、詩的でありロマンチックでもあると思う。
 陸は勉強や雑学などにあまり興味がないため、きっと知らないとは思うが、なんとなく恥ずかしくて、赤くなった頰を押さえる。

「空繋がりだと、夏に一緒に見た花火も綺麗だったよね」

 誤魔化すように口に出してから、萌は墓穴を掘ったことに気が付く。花火のときは、ちょうどプロポーズされたタイミングだったからだ。
 そのまま言葉に詰まっていると、陸が少し照れたような声で呟いた。

『ぶっちゃけると、あんまり覚えてないんだよね。プロポーズするのに必死だったから』
「……陸ちゃん、余裕そうに見えたのに」
『どこが? ドキドキして死んじゃうかと思ってたよ』

 その言葉に、今度は萌がドキドキする番だった。
 いつか、プロポーズの返事をするとき。萌はちゃんと話せるだろうか。
 まだ想像出来ないな、とバレないように小さく笑って空を見上げる。陸の言う通り、月がとても綺麗に輝いていた。