ソロコンテストへの出場が決まってから、駿介はトランペットパートから独立して練習することになった。部長でありパートリーダーでもある駿介が抜けることで、必然的に唯一の二年生である萌がパート練習を仕切ることとなった。
 俺がいない間、後輩達のことをよろしくな。と言って頭にぽんと優しく手を置かれたのは記憶に新しい。相変わらず人との距離感の取り方がおかしい友人のことはさておき、萌は少しだけ困っていた。

 後輩三人はかわいいと思う。でも、練習中にちょっとしたことで雑談が始まってしまうのはあまりよろしくない。
 駿介がいれば、「ほら、喋ってないで練習するぞ」と言って話もほどほどに切り上げられるのだが、萌にはそれが出来ない。
 人に注意をする、という行為が苦手なのかもしれない、と悩んだ萌は、帰り道に相談を持ちかけてみることにした。

「ふーん。まあ確かに、雨宮が誰かに対して強く発言してるところはあんまり見ないな」

 そう言いながら、駿介はでも、と首を傾げる。

「苦手なだけで、出来ない訳じゃないだろ? だってほら、中学一年のとき、三年の切島先輩に食ってかかっていってたし?」
「あ、あれは仕方なくない!? 向こうが卑怯な手を使って矢吹くんに怪我させようとするから!」

 はは、と笑う駿介は、どことなく嬉しそうだ。古い話を持ち出されて少し恥ずかしいけれど、言われてみればそうだな、と思う。注意が出来ないわけではなく、ただ苦手なだけ。それならば、頑張れば出来るはずなのだ。

「でもそっか、言おうと思えば私も言えるんだ。なんか安心した」
「まあ雨宮は優しい性格してるし、注意とか言いにくいっていうのも分かるけどな」

 さらりと褒め言葉を混ぜられて、頰がじわりと熱くなる。ありがとう、と呟くと、何が? と返ってきたので、向こうは無意識に褒めてくれたらしい。そんなの嬉しすぎる。
 さらに熱くなっていく頰を、バレないように手で押さえる。それから、「ちょっと対策を考えてみる」と前向きな言葉を口にした。
 すると駿介が、いたずらな笑みを浮かべてみせる。

「俺にいい案があるよ」


 翌日、パート練習の最中にまた雑談が始まってしまい、それが長引きそうな予感を察した萌は、駿介にもらったアドバイスを実行することにする。
 ぱんぱん、と両手を叩き、「はい、喋ってないで練習するよー」と駿介がいつもしているように言ってみる。
 すると後輩で唯一の男子、裕也が「なんか駿介先輩みたいだな」と呟く。
 それに応じるように、美波と風花も顔を見合わせて声を上げる。

「私も矢吹先輩っぽいと思っちゃった!」
「分かる! すごい似てた!」
「あはは、バレてる……」

 そう、駿介にもらったアドバイスというのは、自分の真似をしてみればどうか、ということだ。
 仕切るのが上手な駿介のやり方を思い出しながら真似してみたが、後輩達にはすぐ気付かれてしまった。

「さては私たちがよく喋るから困って駿介先輩に相談したでしょ、萌先輩!」
「いやーそれは俺たちが悪いだろ、なんかすみません、いつも脱線しちゃって」

 裕也に続くように、ごめんなさい、と女子二人にも謝られ、萌はいいんだよ、と笑う。

「たまには息抜きに雑談してもいいけど、ほどほどにしようねってこと! 私ももうちょっと気を引き締めて頑張るから!」
「萌先輩はそれ以上頑張らなくていいですよ!」

 後輩たちの優しい言葉にあたたかい気持ちになりながら、一緒に頑張ろうね、と萌は三人に笑いかけた。