オーディション当日。
 今までにもオーディションに参加したことは何度もある。楽器決め、パート決め、コンクールメンバーを決めるものやソロを誰が吹くかのオーディション。受かったこともあれば落ちたこともある。そういうものだと、萌は思っている。それでもその日は、今までで一番緊張していた。

 部活動が終わった後、部員全員が音楽室で後ろを向いている中、萌と駿介が順番に演奏することになった。どちらが演奏しているか分からないよう、名前も呼ばれない。じゃんけんで順番を決めると萌が先だったため、一番と呼ばれて音楽室の中に入る。
 全員が体育座りをして膝に顔を埋めているような、そんな状態だった。耳だけはこちらに傾けてくれているようだが、誰も味方がいないような、そんな錯覚に陥る。

 不安の募る中、大きく息を吸い込んで演奏を始めた。
 表現力の問われる曲なので、盛り上がる部分や強弱などの抑揚をしっかり付けて。それでいて譜面が疎かにならないよう、丁寧に音を奏でていく。
 十日間練習してきた中では、一番の出来栄えだった。全て吹き終えて、誰も見ていないけれどその場に一礼すると、タイミングを見計らったかのようにぱらぱらと拍手が起こる。

「次、二番」

 音楽室の隅で萌の演奏を聴いていた駿介が立ち上がる。入れ替わりに萌が端の椅子に座ると、駿介が深く深呼吸をし、楽器を構えた。
 敗北を思い知るのは、ワンフレーズで十分だった。
 曲の深みが違う。音の優しさが違う。何より、一音に込められた想いが違う。
 そこにいるのが恥ずかしくなるほど、駿介と萌の演奏はかけ離れていた。
 駿介の演奏が終わると同時に拍手が湧き起こる。萌のときとは違う反応に、結果は聞くまでもなく明らかだった。
 それでも投票は行われた。部員達は顔を伏せたまま、一番と二番、よかった方に手を挙げる。一番である萌の方に手を挙げてくれた人もいた。それでも、十票以上の差をつけて、駿介の勝利が確定した。

「決まったな」

 ぽつりと呟かれた顧問の言葉に、なぜだか恥ずかしくなる。今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えながら、萌は俯いて足元を見つめていた。

「今年のソロコンテストの出場者は矢吹に決まりだ。雨宮もよく頑張ったな」

 塚内の労いの言葉に倣うように、自然と拍手が起こる。それすらもいたたまれなくて、萌は顔を上げられずにいた。

「今日は解散。明日以降矢吹はソロコンの曲の練習を優先するように」

 はい、と隣から凛とした声が響く。それから「お疲れ様でした」と部長として声を上げると、部員全員が続けてお疲れ様でした、と声を揃え、オーディションは終わりを告げた。