『それは萌が不利なんじゃない?』
月に一度のスマートフォン解禁日。陸はわざわざ萌に電話をしてきてくれた。おばさんに連絡しなくていいの? と訊くと、母さんにはこの間帰ったときに説明した、と答えが返ってくる。
はたして何を説明したのだろう。まさか、お隣の萌にプロポーズしたからスマホ解禁日は母さんじゃなくて萌に電話するね、だなんて言っていないといいけれど。陸は優しい性格をしているので、きっとこんな言い方はしない。
でも、萌にプロポーズしたことくらいは話していてもおかしくない。そうだとしたら、次に陸の母と顔を合わせたとき、気まずいことこの上ないのだがどうしたものだろうか。
そんなことを考えていると、陸が電話口で萌の名前を呼ぶ。
「あっ、ごめん! ちょっと考え事してた」
『うん、いいけど。さっきの話、萌は恋とか愛とかそういうのに鈍いから、不利な気がするけどなぁ』
鈍くないよ、と頰を膨らませて抗議するが、陸にはスルーされてしまう。
『なんだっけ、曲名。愛の……』
「愛の挨拶」
『どんな曲か知らないけど、曲名から察するに愛の曲なんでしょ?』
曲が分からないという陸のためにメロディーラインを口ずさむ。ああ、知ってるや、と陸が小さく笑った。萌もつられて笑いながら、技術的には難しくないんだけど表現力が問われる曲なの、と説明した。
「愛を音で表現って言われても難しいよね」
自分なりに曲想を練ってみたりしたが、なかなかしっくりこない。焦る気持ちがため息になって溢れ出ると、陸がまあまあ、となだめてくれる。
『でも矢吹? だっけ? あいつは得意なんじゃない? この曲』
「えっよく分かるね! そうなの、もうすでに上手いの!」
駿介の音は、いつも力強い。トランペットに相応しい響きを持っているが、それでいて少し強すぎる部分がある。
でもなぜだろう。今回の『愛の挨拶』に関しては、駿介の音は力強さの中にやわらかさと優しさが含まれているような、そんな響きをしているのだ。すでに歌い方まで研究しているようで、二歩も三歩も先を行かれているような状態である。
『言ったじゃん、萌は恋とか愛とかに鈍いから不利だって』
「…………そうすると矢吹くんは……」
言いかけて、やめた。
駿介は恋や愛を理解して、音に落とし込んでいるのかな、と。
なぜだかは分からない。でも、口に出したら寂しい気持ちになる気がしたのだ。
『あ、萌ごめん。そろそろ時間だ』
「あっううん! こっちこそごめんね、私の話ばっかり!」
せっかくの電話なんだからもっと陸ちゃんの話を聞けばよかった、と呟く萌に、彼は優しく笑う。
『萌のそういうところ、好きだよ』
「えっ」
『またね、おやすみ』
少しの余韻を残して、ぷつりと切れた電話。最後に残された言葉に頰が熱くなるのを感じながら、「どういうところ……?」と萌は一人暗い部屋の中で呟くのだった。
月に一度のスマートフォン解禁日。陸はわざわざ萌に電話をしてきてくれた。おばさんに連絡しなくていいの? と訊くと、母さんにはこの間帰ったときに説明した、と答えが返ってくる。
はたして何を説明したのだろう。まさか、お隣の萌にプロポーズしたからスマホ解禁日は母さんじゃなくて萌に電話するね、だなんて言っていないといいけれど。陸は優しい性格をしているので、きっとこんな言い方はしない。
でも、萌にプロポーズしたことくらいは話していてもおかしくない。そうだとしたら、次に陸の母と顔を合わせたとき、気まずいことこの上ないのだがどうしたものだろうか。
そんなことを考えていると、陸が電話口で萌の名前を呼ぶ。
「あっ、ごめん! ちょっと考え事してた」
『うん、いいけど。さっきの話、萌は恋とか愛とかそういうのに鈍いから、不利な気がするけどなぁ』
鈍くないよ、と頰を膨らませて抗議するが、陸にはスルーされてしまう。
『なんだっけ、曲名。愛の……』
「愛の挨拶」
『どんな曲か知らないけど、曲名から察するに愛の曲なんでしょ?』
曲が分からないという陸のためにメロディーラインを口ずさむ。ああ、知ってるや、と陸が小さく笑った。萌もつられて笑いながら、技術的には難しくないんだけど表現力が問われる曲なの、と説明した。
「愛を音で表現って言われても難しいよね」
自分なりに曲想を練ってみたりしたが、なかなかしっくりこない。焦る気持ちがため息になって溢れ出ると、陸がまあまあ、となだめてくれる。
『でも矢吹? だっけ? あいつは得意なんじゃない? この曲』
「えっよく分かるね! そうなの、もうすでに上手いの!」
駿介の音は、いつも力強い。トランペットに相応しい響きを持っているが、それでいて少し強すぎる部分がある。
でもなぜだろう。今回の『愛の挨拶』に関しては、駿介の音は力強さの中にやわらかさと優しさが含まれているような、そんな響きをしているのだ。すでに歌い方まで研究しているようで、二歩も三歩も先を行かれているような状態である。
『言ったじゃん、萌は恋とか愛とかに鈍いから不利だって』
「…………そうすると矢吹くんは……」
言いかけて、やめた。
駿介は恋や愛を理解して、音に落とし込んでいるのかな、と。
なぜだかは分からない。でも、口に出したら寂しい気持ちになる気がしたのだ。
『あ、萌ごめん。そろそろ時間だ』
「あっううん! こっちこそごめんね、私の話ばっかり!」
せっかくの電話なんだからもっと陸ちゃんの話を聞けばよかった、と呟く萌に、彼は優しく笑う。
『萌のそういうところ、好きだよ』
「えっ」
『またね、おやすみ』
少しの余韻を残して、ぷつりと切れた電話。最後に残された言葉に頰が熱くなるのを感じながら、「どういうところ……?」と萌は一人暗い部屋の中で呟くのだった。