保健室に戻った後、母が迎えに来るまでの間、駿介が一緒に待っていてくれた。別に一人で大丈夫だよと断ったのだが、「俺のせいで怪我させちゃったんだから謝らせて」と言って聞かなかったのだ。意外に頑固なところがあるらしい。
 保健医は職員会議でいなくなってしまったので、保健室には駿介と萌の二人きりだ。
 萌はずいぶん迷った後に、静かに口を開いた。

「……矢吹くん、質問してもいい?」
「ん? なに、分からないことでもあった?」
「ううん、違うの。美羽ちゃんのこと」

 萌がそう言うと、駿介の顔が分かりやすく曇った。話したくないということだろうか。ここで聞くのをやめることも出来る。でも、萌はそうしなかった。
 付き合いは浅くても、萌にとっては美羽も駿介も、友達だったからだ。

「美羽ちゃんに何て言ったの? 泣いたりしてなかった?」
「怪我させられたのは雨宮だろ? なんで美羽の味方なわけ?」

 少し不満気な声をこぼす駿介に、萌は静かに首を振る。
 美羽のことは友達だと思っている。だからといって、無条件に庇うつもりもない。

「今回の事件、美羽ちゃんが本当に指示していたんだとしたら味方をする気なんてないよ。矢吹くん、大怪我をするところだったんだから。……でも私、まだ本当のことを聞いていないの」

 だから、教えて。
 萌の呼びかけに、駿介はしばらく言葉を返さなかった。しかし、萌に引く気がないのが分かったのか、大きなため息をこぼした後肩をすくめてみせた。

「……美羽が言うには、俺が怪我をして今回の試合に出られなければ、バスケ部を諦めてくれると思ったんだってさ」

 バスケットボール部でレギュラーが取れなかったならば、もう一つの得意種目、サッカーを選んでくれるかもしれない。そうしたら、美羽がマネージャーとして同じ部活に入ることが出来る、と。
 あまりに突拍子のない発想に、萌はただ呆然とすることしか出来なかった。

「仮にそんなこと思いついたとしても、普通実行するか? そもそも俺が怪我をしたとして、それが足だったらサッカー出来ねえのに」

 バカだよなぁ、美羽のやつ。と言って、駿介は悲しそうに笑った。
 その表情に怒りや呆れよりも、落胆が含まれていることに気がつき、萌は思わず問いかける。

「……もしかして、矢吹くんって美羽ちゃんのこと、好きだったの?」
「ん? まあ、恋愛としては対象外だったけど、あれだけ懐かれてたらな。妹みたいに思ってたかな」

 飼い犬に手を噛まれるってこんな感じかもな、と自嘲する駿介に、下手くそな言葉を並べることしか出来ない。

「美羽ちゃんは……やり方はおかしかったけど、矢吹くんのこと本当に好きだったと思う。見ていてすごく幸せそうで、大好きっていうのが伝わってきたし……うーん、難しいけど」

 萌が頭を悩ませていると、駿介がふいに意地悪な笑みを浮かべてみせる。

「へぇ? 美羽って俺のこと好きだったんだ? 知らなかったなぁ」

 駿介のその言葉に、萌の顔から血の気が引く。

「えっ…………えっ! ごめん! 嘘! 今のなし!」

 慌てて先ほどの言葉を撤回するが、もう遅い。真っ青になりながらどうしよう、と呟く萌を見て、駿介が噴き出した。

「冗談。さすがに気づいてるし、今日直接言われたから知ってるよ」

 焦った。本当に焦った。
 美羽が直接告白していないのに、勝手に想いを伝えてしまったかと思った。もしも今日美羽が告白していなかったとしたら、最大級のやらかしである。
 もう余計なことは言わないでおこう。口は災いの元。喋るから墓穴を掘るのだ。
 ぎゅっと口をつぐんで黙り込んでいると、駿介がそれに気付き、けらけらと笑って見せた。