保健室へ戻りながら、駿介と静かな会話をした。
「矢吹くんが犯人を見たって言ったこと、乗っかってくれてありがとうね」
「ん。矢吹に見られたはずはない、とかそういう墓穴を掘る方向に話を持っていきたかったのかなと思ったから」
察しが良くて助かる。駿介があの場面で話を否定していたら、きっとこの作戦はうまくいかなかっただろう。
切島のフェアなプレイに憧れると言っていた駿介は、今どんな気持ちなのだろうか。卑劣な手口で駿介を陥れようとしたことを、裏切られたような気分になっているかもしれない。
そう考えたらいてもたってもいられなくなり、考えのまとまらぬまま萌は再び口を開く。
「あ、あのね! 切島先輩のしたことは……その、ひどいことだし、許されないことだと思うけど……その……好きなこと…………バスケに対して真摯に向き合ってたのは、本当なんじゃないかなぁ」
いや、バスケに対して真摯に向き合っている人は、ライバルを試合の外で蹴落とそうとしたりはしないか。
そんなことを心の中で突っ込みながら、それでもなんとかフォローをしようとあれこれ言葉を並べてみるが、どうにも上手くいかない。
萌が頭と言葉を駆使して、必死に駿介を励まそうとしているのに、当の本人は目を丸くして口をぽかんと開けている。間の抜けた表情とはまさにこのことだ。
「えーっと、矢吹くん?」
「…………ふっ、ふははは! 雨宮さんって変なやつだな!」
「えっ!? 急に失礼なんだけど!」
こっちは心配して言っているというのに、と頰を膨らませると、笑い転げていた駿介が涙目で萌に謝る。
「あーごめんごめん、今のは褒め言葉」
「どこが!?」
「俺が今まで出会った中で一番って言ってもおかしくないくらい、変わってて、…………そんで優しい」
優しい。その言葉に、ぐ、と言いかけていた言の葉を飲み込む。さっきのはどうやら言葉足らずだったらしい。
保健室の扉の前で立ち止まり、駿介が初めて見るやわらかい笑みを浮かべてみせた。
「うん、そうだな。決めた」
決めたって何を? と萌が問いかけようとしたそのときだった。勢いよく保健室の戸が開き、かわいらしい少女がひょこりと顔を出す。
「駿くん! 萌ちゃんも! どこに行ってたの?」
先程切島との間にあったいざこざも、黒幕が美羽であると二人が気づいていることも、美羽は知らない。
いっそ恐ろしく感じるほどに、美羽は無垢に見える笑みを浮かべていた。
萌の背中に冷や汗が伝う。このかわいらしい女の子が、本当に先の事件を操っていたのか。そのことが未だに信じられず、それでも一抹の不安を感じて、じり、と後退りしてしまう。
そんな萌に気づいているのかいないのか。駿介が表情の抜け落ちた顔で、美羽の名前を呼ぶ。
「美羽、二人きりで話がしたいんだけど」
言葉だけを掬いとるならば、ロマンチックともとれる台詞。でもそういう内容でないことは、きっと美羽にも伝わったはずだ。彼女に呼びかけるその声色は、付き合いの浅い萌にも分かるほど、冷たく突き放すようなものだったのだから。
大きな瞳をまたたかせ、どうしたの? と問いかける美羽に、駿介は行くぞ、と声をかけて歩き出した。同時に予鈴がなったけれど、気にする様子もない。
授業始まっちゃうし……何より美羽ちゃん大丈夫かな。
そんな心配をしながら、二人の後ろ姿を眺める。するとふいに振り返った駿介が、怒っていることを忘れさせるような笑みを浮かべてこう言った。
「雨宮さんは怪我してるんだから保健室で休んでろよ? あと、もし早退せずに放課後までいるなら、試合、見に来て」
またな、と手を振る彼に、反射的に手を振り返す。痛めている方の手を上げてしまったため、痛みに蹲ることになったけれど、顔を上げる頃には二人の姿はもうなかった。
「矢吹くんが犯人を見たって言ったこと、乗っかってくれてありがとうね」
「ん。矢吹に見られたはずはない、とかそういう墓穴を掘る方向に話を持っていきたかったのかなと思ったから」
察しが良くて助かる。駿介があの場面で話を否定していたら、きっとこの作戦はうまくいかなかっただろう。
切島のフェアなプレイに憧れると言っていた駿介は、今どんな気持ちなのだろうか。卑劣な手口で駿介を陥れようとしたことを、裏切られたような気分になっているかもしれない。
そう考えたらいてもたってもいられなくなり、考えのまとまらぬまま萌は再び口を開く。
「あ、あのね! 切島先輩のしたことは……その、ひどいことだし、許されないことだと思うけど……その……好きなこと…………バスケに対して真摯に向き合ってたのは、本当なんじゃないかなぁ」
いや、バスケに対して真摯に向き合っている人は、ライバルを試合の外で蹴落とそうとしたりはしないか。
そんなことを心の中で突っ込みながら、それでもなんとかフォローをしようとあれこれ言葉を並べてみるが、どうにも上手くいかない。
萌が頭と言葉を駆使して、必死に駿介を励まそうとしているのに、当の本人は目を丸くして口をぽかんと開けている。間の抜けた表情とはまさにこのことだ。
「えーっと、矢吹くん?」
「…………ふっ、ふははは! 雨宮さんって変なやつだな!」
「えっ!? 急に失礼なんだけど!」
こっちは心配して言っているというのに、と頰を膨らませると、笑い転げていた駿介が涙目で萌に謝る。
「あーごめんごめん、今のは褒め言葉」
「どこが!?」
「俺が今まで出会った中で一番って言ってもおかしくないくらい、変わってて、…………そんで優しい」
優しい。その言葉に、ぐ、と言いかけていた言の葉を飲み込む。さっきのはどうやら言葉足らずだったらしい。
保健室の扉の前で立ち止まり、駿介が初めて見るやわらかい笑みを浮かべてみせた。
「うん、そうだな。決めた」
決めたって何を? と萌が問いかけようとしたそのときだった。勢いよく保健室の戸が開き、かわいらしい少女がひょこりと顔を出す。
「駿くん! 萌ちゃんも! どこに行ってたの?」
先程切島との間にあったいざこざも、黒幕が美羽であると二人が気づいていることも、美羽は知らない。
いっそ恐ろしく感じるほどに、美羽は無垢に見える笑みを浮かべていた。
萌の背中に冷や汗が伝う。このかわいらしい女の子が、本当に先の事件を操っていたのか。そのことが未だに信じられず、それでも一抹の不安を感じて、じり、と後退りしてしまう。
そんな萌に気づいているのかいないのか。駿介が表情の抜け落ちた顔で、美羽の名前を呼ぶ。
「美羽、二人きりで話がしたいんだけど」
言葉だけを掬いとるならば、ロマンチックともとれる台詞。でもそういう内容でないことは、きっと美羽にも伝わったはずだ。彼女に呼びかけるその声色は、付き合いの浅い萌にも分かるほど、冷たく突き放すようなものだったのだから。
大きな瞳をまたたかせ、どうしたの? と問いかける美羽に、駿介は行くぞ、と声をかけて歩き出した。同時に予鈴がなったけれど、気にする様子もない。
授業始まっちゃうし……何より美羽ちゃん大丈夫かな。
そんな心配をしながら、二人の後ろ姿を眺める。するとふいに振り返った駿介が、怒っていることを忘れさせるような笑みを浮かべてこう言った。
「雨宮さんは怪我してるんだから保健室で休んでろよ? あと、もし早退せずに放課後までいるなら、試合、見に来て」
またな、と手を振る彼に、反射的に手を振り返す。痛めている方の手を上げてしまったため、痛みに蹲ることになったけれど、顔を上げる頃には二人の姿はもうなかった。