中学生は意外と忙しい。授業時間も小学生のときより長くなり、部活動や委員会もある。萌の入った吹奏楽部は、どちらかといえば緩い部活であり、あまり練習時間が長い方ではない。しかし部活によっては上下関係が非常に厳しく、練習時間も長いと聞く。
土曜日や日曜日のお休みの日には、陸の通っているリトルシニアの野球チームの応援にも行っている。硬球での練習はまだ慣れないらしく、難しいと嘆いていたが、陸の目はきらきらと輝いていた。幼馴染が全力で野球を楽しんでいるという事実は、萌を元気にさせてくれた。
そんなお休みを目前に控えた木曜日。給食を持って放送室に向かうと、やはり先に駿介が辿り着いていた。
「曲の準備出来てるぞ」
「うん、ありがとう。放送流しちゃうね」
萌がアナウンスを流すと、駿介が音楽を流し始める。まだ二回目だというのに手際がいい。
「美羽がリクエストだっていって音源を渡してきたんだけど、流していいんだよな?」
「あ、美羽ちゃん持ってきてくれたんだね。流して大丈夫だよ」
きっと駿介と話すきっかけが欲しかったのだろう。健気だなぁ、と思わず笑みを浮かべていると、駿介に頭を小突かれる。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「えー? 別に?」
「考えてることダダ漏れだからな」
ぺし、と優しく頭を叩かれて、萌はじとりと駿介を睨む。
駿介は萌の視線など気にした様子もなく、昼食に手を伸ばした。萌も倣ってフォークに手を伸ばし、ミートソーススパゲッティを器用に巻き取る。
「この間矢吹くんが教室に来たとき、百合絵ちゃんに言われたんだけどね」
「んー?」
興味なさそうな相槌に、萌は苦笑をこぼしながら言葉を続ける。
「私って男子との距離が近いんだって」
「…………そうか?」
「でもどっちかというと、私じゃなくて矢吹くんじゃない? 距離感が近めなの」
別に悪いことではないと思うけど、と付け足しながらスパゲッティを口の中に放り込む。麺は少し伸びているけれど、ソースは想像していたよりも美味しかった。
「ふーん。あんまり言われたことないけど、気をつけるわ」
「まぁ矢吹くんみたいなモテる人は、その距離感も含めて人気なのかもしれないから、直す必要はないかもしれないけど」
少なくとも駿介に好意を抱いている女の子からしたら、頭をぽんと叩かれたり、唐突に肩を組まれたり、そういうボディタッチだって嬉しいに違いないのだ。
たまごスープを一口飲むと、じわりと身体が温まるのを感じる。萌には恋心はよく分からないけれど、きっと恋をしていたら毎日が楽しいのだろう。羨ましいな、と呟くと、駿介が音源の入れ替えをしているところだった。美羽の持ってきた曲は、最近流行りの恋愛ソング。片想いの切なさと楽しさを歌った曲で、可愛らしい曲調は美羽のイメージにぴったりだった。
「羨ましいって何が?」
どうやら萌の先ほどのひとりごとはしっかり聞こえていたらしい。少しだけ恥ずかしい気持ちになりながら、フォークをくるくる回し、スパゲッティを巻きつける。
「恋してる子って、なんだかそれだけでかわいく見えるでしょ? それに好きな人がいたら、毎日楽しそう」
「……楽しいことばっかりではないんじゃない? 俺も分かんないけど」
その言葉に、食べかけのスパゲッティがはらはらと解けていく。
「私に本気で恋したことある? とか訊くくらいだから、てっきり矢吹くんは恋したことあるのかと思ってたんだけど!」
なんだか騙された気分だ。何なら彼女でもいそうな雰囲気だったのに。
駿介は目を丸くし、ふはっと吹き出すと、萌の髪をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。
「だから距離感!」
「今は放送室に二人しかいないんだから問題ないだろ」
誰かに見られる心配もないし、という意味なのだろうが、もしも萌がこれで勘違いしてしまったらどうするつもりなのだろう。ちゃんと責任を取ってくれるのだろうか。
頰を膨らませて不満を露わにしてみせるが、駿介は全く見ていない。
興味がなさすぎるでしょ、私に! 別に好きになってもらいたいとかそういうのではないけども!
膨れたままもくもくご飯を食べていると、ようやく気づいたらしい駿介が頰を突いてくる。
「そういえば今日、試合なんだよ」
「へ?」
レギュラー決めのラストの試合! と言いながら歯を見せて笑う駿介はどこまでも爽やかで、眩しいなぁ、とすら思う。
駿介は今のところ負け知らず。得点に絡むシーンも多く、レギュラーも射程圏内だと言う。
「ただラストの相手は切島先輩なんだよなぁ」
「切島先輩って、あの……黒髪でつり目の?」
「そ。一回見に来たから分かると思うけど、あの人がうちのバスケ部のエースなんだ」
切島先輩を超えなきゃ、俺はエースになれない。
そう言った駿介の目がどこまでもまっすぐだったので、萌はなぜか会ったばかりの彼を応援したくなってしまった。
「……試合、見に行ってもいいかなぁ」
「えっ、見に来てくれんの? もちろん大歓迎! 雨宮さんの方の部活は平気?」
吹奏楽部はゆったり練習してるから、と萌が笑うと、駿介も楽しそうに笑った。
土曜日や日曜日のお休みの日には、陸の通っているリトルシニアの野球チームの応援にも行っている。硬球での練習はまだ慣れないらしく、難しいと嘆いていたが、陸の目はきらきらと輝いていた。幼馴染が全力で野球を楽しんでいるという事実は、萌を元気にさせてくれた。
そんなお休みを目前に控えた木曜日。給食を持って放送室に向かうと、やはり先に駿介が辿り着いていた。
「曲の準備出来てるぞ」
「うん、ありがとう。放送流しちゃうね」
萌がアナウンスを流すと、駿介が音楽を流し始める。まだ二回目だというのに手際がいい。
「美羽がリクエストだっていって音源を渡してきたんだけど、流していいんだよな?」
「あ、美羽ちゃん持ってきてくれたんだね。流して大丈夫だよ」
きっと駿介と話すきっかけが欲しかったのだろう。健気だなぁ、と思わず笑みを浮かべていると、駿介に頭を小突かれる。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「えー? 別に?」
「考えてることダダ漏れだからな」
ぺし、と優しく頭を叩かれて、萌はじとりと駿介を睨む。
駿介は萌の視線など気にした様子もなく、昼食に手を伸ばした。萌も倣ってフォークに手を伸ばし、ミートソーススパゲッティを器用に巻き取る。
「この間矢吹くんが教室に来たとき、百合絵ちゃんに言われたんだけどね」
「んー?」
興味なさそうな相槌に、萌は苦笑をこぼしながら言葉を続ける。
「私って男子との距離が近いんだって」
「…………そうか?」
「でもどっちかというと、私じゃなくて矢吹くんじゃない? 距離感が近めなの」
別に悪いことではないと思うけど、と付け足しながらスパゲッティを口の中に放り込む。麺は少し伸びているけれど、ソースは想像していたよりも美味しかった。
「ふーん。あんまり言われたことないけど、気をつけるわ」
「まぁ矢吹くんみたいなモテる人は、その距離感も含めて人気なのかもしれないから、直す必要はないかもしれないけど」
少なくとも駿介に好意を抱いている女の子からしたら、頭をぽんと叩かれたり、唐突に肩を組まれたり、そういうボディタッチだって嬉しいに違いないのだ。
たまごスープを一口飲むと、じわりと身体が温まるのを感じる。萌には恋心はよく分からないけれど、きっと恋をしていたら毎日が楽しいのだろう。羨ましいな、と呟くと、駿介が音源の入れ替えをしているところだった。美羽の持ってきた曲は、最近流行りの恋愛ソング。片想いの切なさと楽しさを歌った曲で、可愛らしい曲調は美羽のイメージにぴったりだった。
「羨ましいって何が?」
どうやら萌の先ほどのひとりごとはしっかり聞こえていたらしい。少しだけ恥ずかしい気持ちになりながら、フォークをくるくる回し、スパゲッティを巻きつける。
「恋してる子って、なんだかそれだけでかわいく見えるでしょ? それに好きな人がいたら、毎日楽しそう」
「……楽しいことばっかりではないんじゃない? 俺も分かんないけど」
その言葉に、食べかけのスパゲッティがはらはらと解けていく。
「私に本気で恋したことある? とか訊くくらいだから、てっきり矢吹くんは恋したことあるのかと思ってたんだけど!」
なんだか騙された気分だ。何なら彼女でもいそうな雰囲気だったのに。
駿介は目を丸くし、ふはっと吹き出すと、萌の髪をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。
「だから距離感!」
「今は放送室に二人しかいないんだから問題ないだろ」
誰かに見られる心配もないし、という意味なのだろうが、もしも萌がこれで勘違いしてしまったらどうするつもりなのだろう。ちゃんと責任を取ってくれるのだろうか。
頰を膨らませて不満を露わにしてみせるが、駿介は全く見ていない。
興味がなさすぎるでしょ、私に! 別に好きになってもらいたいとかそういうのではないけども!
膨れたままもくもくご飯を食べていると、ようやく気づいたらしい駿介が頰を突いてくる。
「そういえば今日、試合なんだよ」
「へ?」
レギュラー決めのラストの試合! と言いながら歯を見せて笑う駿介はどこまでも爽やかで、眩しいなぁ、とすら思う。
駿介は今のところ負け知らず。得点に絡むシーンも多く、レギュラーも射程圏内だと言う。
「ただラストの相手は切島先輩なんだよなぁ」
「切島先輩って、あの……黒髪でつり目の?」
「そ。一回見に来たから分かると思うけど、あの人がうちのバスケ部のエースなんだ」
切島先輩を超えなきゃ、俺はエースになれない。
そう言った駿介の目がどこまでもまっすぐだったので、萌はなぜか会ったばかりの彼を応援したくなってしまった。
「……試合、見に行ってもいいかなぁ」
「えっ、見に来てくれんの? もちろん大歓迎! 雨宮さんの方の部活は平気?」
吹奏楽部はゆったり練習してるから、と萌が笑うと、駿介も楽しそうに笑った。