その日の部活動の時間はやけに長く感じられた。早く部活が終わらないかなぁ、とそればかり考えていて、何度も時計を確認してしまう。集中力のない萌に気が付き、駿介が軽く小突いてくる。

「集中しろよ、またミスするぞ」
「すみません、部長」
「……からかってるだろ」
「あはは! 尊敬してるよ!」

 ちょっとからかう気持ちが入っているけれど、尊敬しているのは本当のことだ。何より部長として、チームメイトとして信頼している。
 駿介と萌のやりとりを見た後輩達は、不思議そうに首を傾げる。

「萌先輩、いつもよりテンションが高いですよね?」
「何かいいことがあったんですか?」

 ぐい、と身を乗り出して質問してくる美波と風花に、萌は苦笑いをこぼす。この二人は大のゴシップ好きだ。二人にかかればどんな些細なことでも大事件になってしまう。

「この後幼馴染とお祭りに行く約束があって、久しぶりに会うからちょっと楽しみにしてるんだ」

 その幼馴染が先日世間を騒がせた甲子園のプリンスだということは伏せておいた。教えたら最後、陸に会いたいと言い出すに違いないし、お祭りにまで着いて来かねない。
 美波が目を丸くして、風花は首を傾げる。二人の反応が想像していたそれと違っていたので、萌はどうしたの? と訊ねた。

「いや、てっきりついに駿介先輩が言ったのかと思って」

 風花の言葉に反応したのは、萌でも駿介でもなく、同じ一年の裕也だった。

「バカ! そっとしておけって!」
「言ったって何を?」
「気にしなくていいよ、雨宮」

 笑顔を浮かべる駿介だが、その表情には怒りの色が滲んでいる。
 これは何か後輩達が余計なことを言ってしまったんだな。
 そう察した萌は、苦笑いをこぼして、再びトランペットを構える。高音の音域を広げる練習をしていたので、練習を再開すると、わあわあと駿介と後輩達が何やら言い合っているのが耳に聞こえる。自分のトランペットの音にかき消されて内容までは聞き取れなかったが、やはり説教を受けているらしい。
 高音はどうしても音質が安定しない。ロングトーンを繰り返して、少しでも自分の理想の音に近づけるよう試行錯誤する。

 萌が練習していると、他のメンバーも休憩を終え、練習を再開した。午前中はパート練習で、トランペットパート全員での基礎練習だった。午後は個人練習。来年の一月に行われる定期演奏会で演奏する曲は、まだ一曲しか決まっていない。その曲を練習する者もいれば、萌のように基礎をひたすらやり込んで、地力を上げることを目的とする者もいる。
 各々が好きな練習をしている中で、ぱんぱん、と手を叩く音が聞こえ、一斉にマウスピースから口を離す。

「七時だぞ。練習終了、お疲れ様でした」

 駿介の言葉に続き、他のメンバーもお疲れ様でしたと声を揃える。ようやく練習に集中して、高音域が少し安定して出せるようになってきたところだったのにな、と萌が考えていると、駿介に肩を叩かれる。

「ほら、雨宮。今日は居残りしないで帰るんだろ?」
「あっ、そうだった!」

 陸ちゃんのこと待たせちゃう! と慌てて楽器や譜面台を持って立ち上がると、風花が不思議そうな顔でこちらを見ている。

「どうしたの? 風花ちゃん」
「萌先輩、今リクちゃんって言いました?」
「うん。幼馴染の名前、陸ちゃんっていうの」

 美波と風花が顔を見合わせる。後ろで裕也が眉を顰めていた。

「それってもしかして、男の人ですか」

 想像していなかった質問に、萌は目を丸くする。

「えっ、そうだよ?」

 何かおかしいかな? と首を傾げるが、反応は返ってこない。代わりにまた手を叩く音がして、駿介が教室のドアを開ける。

「ほら、詮索はそれくらいにして。雨宮、幼馴染のこと待たせたら可哀想だろ」
「あっ、うん! ありがとう、お疲れ様です!」

 なぜかトランペットパートのみんなからの視線を受けながら、萌は教室を後にした。