とある日、私は父に呼ばれた。何事か、と内心少々怯えながら行ったもんだ。だが、話された内容はうんざりするものだった。

「羅衣源、お前、いい加減に(つがい)を見つけたらどうだ?」
「……っ、分かってる」
「ほんとかぁ?」
「ああ」
「今までだって、そう言って結局はことを起こさなかったのだろ?いつになったら本気で探すようになるんだ」
「探すと、言われても……私の目に映る女は皆汚れている。到底、(つがい)になれそうな器ではない」
「ならば、占いだの街歩きだのしてきたらどうだ?それならば見つかるやもしれんぞ」
「……分かった」

 またこれか。私は父の小言を生返事で回避し、その場から立ち去る。

 最近、毎日のようにあの会話が行われる。

(私が帝の位を譲り受けてからまだ1ヶ月だぞ)

 (つがい)の大切さは物心ついた頃から嫌というほど聞いてきた。帝の一族は代々あやかしと同じ神力を持ち合わせてる。だが、一人だけの力では事足りない場面に遭遇する場合もある。その時のために、人間の中でも神力を持つ(つがい)を見つけ、娶る必要がある、と。

 そして、(つがい)の中でも、自分と共に一生を過ごすという運命を背負わされた者を運命人と言った。しかし、運命人はそう簡単には現れない。そのため、大抵は神力を持っているという人間だけを探す。

 だが、仕事に追われる今、(つがい)を見つけている暇なんぞあるわけないのに。

 私は自室にある身隠し用の笠を手にする。

「あ、羅衣源様、お出かけですか?」 
「ああ、ちょっとな」

 偶然居合わせた千魏に伝えてから、私は屋敷を出た。いくら笠を被っているとはいえ、やはり夏の日差しは焦げるような熱を帯びていた。

「暑いな……」

 クイと首を上げ、布の隙間から太陽の姿を捉える。こんな街の中を歩くなんて正直気が重いが、父の長々とした話を聞かされるよりはマシだ。

 私は賑わっているこの街を、歩きながら払拭していく。屋敷から少しばかり離れれば、威勢の良い庶民の声が耳に届いた。

 色んな出店が立ち並ぶこの通りは、相変わらず音と人と物でありふれている。我ながら素晴らしい街だ、と自画自賛したくなるのも仕方ない。

「ちょっとそこのお兄さん、いい梨が手に入ったんだよ」
「おいおい旦那ぁ、この壺なんていらんかね?」
「そこの人、奥さんに簪なんてどうだい?」

 店の横を通り過ぎれば、決まって店主は声をかけてくる。私が帝だからと言うわけではなく、単に儲けの相手にしたいのだろう。

 そんな心理も知っている私は、ただ会釈して薦めを断っていく。すると、店の者はすぐ別の人間に目を向ける。人が多いから便利だろう。

 私は、ただフラフラと街の中を歩いているわけではない。しっかり、目的を持って動いている。私が小さい時から世話になっている、あいつの場所へ。

 大勢の人の間をすり抜けながら、賑やかさがありふれる場所から離れて静かな通りへやってくる。

「相変わらず、神力が漂っているな」

 空気や風が運び込む神聖な力を肌で感じながら、辺りの店一体を眺める。そこはあやかし通り。文字の通り、あやかしが集う場所だ。

 流石はあやかしの街。澄んだ空気と静かな音しかない。

「あいつの店は何処だったか……」

 と呟くときは、大抵すぐに見つかるものだ。今回も、例に漏れず渋柿色の建物がすぐに目についた。

 私はそこへ足を運び、重厚な扉を開けて中に入る。途端、今までに感じていた僅かな音さえも遮られ、周囲は明らかな無音の空間と化していた。

 もう日差しも一目もない。私は笠をとって首にかけ、長く暗い廊下を突き進む。

 始めは、何の変哲もない道をただひたすらに歩むだけ。きっと、初めてここに来る者はこの廊下の長さに声を失うだろう。あるいは、悠久に続いていると錯覚するかもしれん。

 どっちにせよ、この廊下には、何というか、不思議な気配が漂っているのみだった。しかし、私は知っている。この先に待ち受ける、美しい場所を。

 カンカンカン、と私が靴を鳴らす音だけが異様に高く響く。反響だけが返ってきて、後は何もない。だが、感じる。前方から流れてくる神力が、どんどん強まっていることが。

 何も頭に浮かべず、ひたすら足を進めた。そしてようやく、終わりの光が見えた。

 様々な色が混ざった淡い光が、四角い出口から溢れている。その光の中に入ると、建物の印象が一変するほどの代わりようを見せた。

「ここも変わらず、豪華絢爛だな」
 
 左には色付きの水が出ていると錯覚させられる噴水。右には人以上の大きさがある、目も覚めるほど輝いている大石。そして壁全体に、祭でもないのにぼんぼりで灯りとして扱っている。

 人も来ないくせに随分と派手だな、と皮肉を言いたくなる。

 しかし、それが幻想的な世界観を放っているのも事実だ。神力を強めていることも。

 不思議な雰囲気を醸し出しているこの空間は、あの怪しげな廊下なんかよりもずっと居心地が良い。

 私はのんびりと足を動かすことにした。周囲の景色、雰囲気を楽しみながらさらに奥へと進む。どれだけ長く止まっていても、飽きるという感情が湧いてくることはないだろう。

 すると、あっという間に目的地へ着いてしまうのだった。一角だけ整えられた、畳の上で目を瞑っているあいつの元に。

 あいつは琥珀色の着流しを見に纏い、あぐらを組んでお椀の形をした手を置いた態勢で座っている。

 毎度のことだ。何か進行しているはずもないのに、この格好。見るたび不思議に思っていたが、今やもう見飽きた状態。そう、こいつだけは飽きるほど見ていた。

「おい、起きろ」

 私が来たにも関わらず眠っているその四十半ばほどの男に、そっと囁いた。

「起きろと言っているだろう」
「ん、ああ…?」

 重そうな瞼をこじ開けて、そいつの瞳が私を捉える。

「ああ、羅衣源かよ、全く」

 言われる筋合いのない文句を吐き出し、そいつは座ったまま腰を伸ばした。

(その態勢で体が伸ばされるのか、おい?)

 そんな疑問がふと浮かんだが、今には関係ないので見なかったことにする。

「よく眠っていたものだな、九尾」
「ん、まぁな」

 体の全細胞が覚醒したらしいそいつは、人間ではあり得ないほどに関節を捻じ曲げながら姿を変えていった。

 ぐにゃりぐにゃりと、腰を曲げて体の周りを一周した時には、そこに人間はいない。初老だった男は、今や気高き狐の姿に成り代わっていた。

 やつの本来の姿、九尾だ。

「お前はまた、お父様にでも言われて渋々占いにやってきたのか?」

 黄金色の吊り目が私を睨むように見つめる。
実際、睨まれていないことはもう分かりきっている。九尾は元々、こんな目つきだから。

「ああそうだ。是非とも頼みたい」
「ったく、諦めないやつだな。やったってどうせ前と同じ結果だろうに。お前のお父様も懲りない人だよ」

 憎まれ口を叩きつつ、準備をしているところに九尾の優しさが垣間見える。

「ほらよ」

 と、九尾はふさふさとした毛並みの手で真紅の盃を差し出してきた。

「感謝する」

 私は笠の裏から短剣を取り出し、流れるような仕草で自身の手首を軽く切る。ピッと皮膚が裂け、傷口から真っ赤な血液が流れてくる。

 その中の一滴を、私は水が張る盃の中に落とした。ぽちゃんと小さな水柱が上がり、水面が揺れる。

 水は元々紅だから、血を混ぜたところで色の変化は見られない。

「よし」

 九尾はその盃を水晶玉が作る円の中心に置いた。

 私は短剣をしまって、切った手首を片方の手でぎゅっと握る。神力を少しばかり扱ったおかげで、その傷はあっという間に塞がり、点掌を開けば無いに等しい。

 痛みが引いた腕を確認して、よし、と頷いたところに念仏が聞こえてくる。

 九尾は肉球を擦り合わせながら何かを唱えており、その言葉が途切れると盃を持ち上げる。そして、中の液体を水晶玉一つ一つにかけていった。

「ま、ダメ元だな」

 私は誰にいうまでも呟いた。

 空っぽになった盃を邪魔にならないところによけ、九尾は赤色の水晶玉に手を置く。

「現・帝、羅衣源の(つがい)を映せ」

 いつもならば、ここで反応なし。水晶玉が光るわけもなく、空気が揺らめくわけもなく、即終了であった。


 そう、いつもならば。

 今日はその「いつも」とは違った世界に分類されたのだった。

 水晶玉は突然、炎よりも赤く美しい色に染まって光を放った。

「おお、これは……驚いた」

 細目の九尾も、珍しく瞳が球の形になっている。

 水晶玉は今なお美しい光でこの部屋を照らし続けている。目に映るのは、情熱よりも熱く、太陽よりも明るい運命の炎。

 こんな世界は見たことがない。

「ようやく反応してくれたな」

 九尾は水晶玉に置いていた手に体重をかける。弱そうなそのガラスは壊れるかと思いきや、ビクともせず、むしろ先ほどよりも強く輝き始めた気がした。

「さぁ映せ。お前の運命と引き合う者を」

 すると、ただの光源だった水晶玉の中に、ぼんやりと人の姿を捉えた。始めは何となくだったその人影は、徐々にある人物を作り上げていく。

 光る球体の中に閉じ込められていたのは、一人の少女。まだ二十にもなっていない年頃で、幼さと美しさを兼ね合わせている。

 ドクンと、私の心臓が一際大きく脈打った。

(何なんだ、この感覚……)

 私は自分の胸を押さえ、自身に問う。鼓動が速くなって、息をするのが苦しい。だが、心を締め付けるその感覚は苦しいものではなかった。むしろ、もっと感じていたいとさえ思ってしまう。

「こいつがお前の(つがい)だな」
「この女が、か」

 私はもう一度その少女を覗き込んだ。よく見ると、何処か悲しそうな、辛そうな、そんな儚げな表情を浮かべている。

 また心臓が叫んだ。

「……!」

 痛い、のではない。むしろその逆。嬉しいのだ。何故かは分からない。

 でも、私の魂が、私の体が、この少女を見つけられたことに喜色の声を上げている。

(こいつが私の(つがい)だからか?)

 いや、もっと深い理由があるはず。でなければ、この胸の奥底から湧き上がる感情が全身に広がる訳がない。

 早く会わなければ、この少女に。

「一体、この女は何処にいる?」
「そんな慌てんな。今からそれを見てやるって」

 急かす私に、九尾はのんびりと答える。それから、今度は光を放つ水晶玉の右隣の球に手を当てた。

 今まで何度も占ってもらったことがあるが、この水晶玉が光るところ、否、使うところさえ見たことがなかった。

「さぁ映せ。お前の(つがい)が現るる日を」

 またしても、部屋は新たな光に包まれる。

「おお、これもか」

 九尾が思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどだ。

 このガラスが放ったのは、真っ青な光だった。空の光とも、海の色とも、藍の美しさとも違う。何よりも深く、何よりも鮮やかな、何とも不思議な色合い。

 青い光は揺らめきながら、ある日付をそのガラスに映した。

「8月、1日」
「この日にお前の(つがい)が現れる、つまり会えるってことだ」

 8月1日か。もう一度心の中に留めたところで、私は目を見開く。

「これは……7日後ではないか!」
「ああ、そうだな。今反応した割には随分早くに出会えるんだなぁ」

 1週間は早すぎる。急いで帰って支度を始めなければ間に合わない。焦り、という感情が迫り上がってきた私に、九尾は宥めるよう声をかける。

「だからそんな慌てんなって。何がどうであれ、お前はこの日に(つがい)に会えんだから」
「そ、そうだな……。だが、支度が間に合うかどうか……」
「支度なんぞ、お前らなら瞬く間に終われるだろうよ」
「そうか?」
「だろ」

 九尾の占いに狂いがないことは一族全員が知っている。焦りと慌ては禁物だな。

「それで、この女とは何処で会えるんだ?」
「はいはい」

 呆れた様子で、九尾は次なる水晶玉に手を当てる。

「さぁ映せ。お前と(つがい)が出会う場所を」

 今回は透明なガラスから目が眩むほどの黄色が弾け飛んだ。

「む……っ!」

 あまりの強さに、私は一瞬目を隠す。しかし、ここまで力強く輝いてくれるのは頼り甲斐がある。

「お前が会うのはな、街の外れ近くの道だ」

 見えない私に、九尾は結果を伝える。

「外れというと、辰巳《たつみ》の方角か?」
「ああ、そうみたいだ」

 そこにある道は、賑わう街から少しばかり離れているため、人通りが少ないのは知っている。ならば比較的見つけやすいだろう。

 目が慣れてきたところで私も水晶玉と九尾を直視する。

「では最後だ。そいつはどんな人間だ?」
「そうだなぁ」

 と、一番端にあった水晶玉に触れる九尾が呟く。

 途端に、私の視界は新緑を思わせる緑色に包まれた。瑞々しく、今にも自然の香りが漂ってきそうな色味。

 光源の水晶玉は、深い緑の中に別の色を宿していた。淡い色やはっきりとした色など様々。おそらくあれが、少女の性格を表す色なのだろう。

 私の考えを証明するかのように、九尾は球を見つめながら言う。

「ほうほう……どうやらそいつは心の優しい、明るく思いやりのある子だ。他人を大事にする、いい人間の模範みたいなやつだな」
「当たり前だろ。(つがい)に選ばれるやつは心の美しい人間に限る」
 
 なんて、まるで自分のことかのように口走ってしまった。それにしても、一つ気になることがあった。

「今の時代、それもこの街に、そんな純粋な少女が本当にいるだろうか?」
「いるから映るんだろ」
「そうか……」

 九尾の力を疑っているわけではない。けれども、やはりそこは気になった。

 それに、だ。私の脳裏には、先程水晶玉が見せた少女の姿が浮かんでいた。

「明るい性格と言いつつ、何故あの女は暗い表現をしていたんだ?」

 九尾が告げた内容と彼女の姿が、どうも私の中では一致しない。球体の中にいたのは、人生を嘆いているような少女だったのだから。

「そんなこと聞かれても分からんよ。(つがい)とやらに出会った時に聞け」

 九尾も違和感の正体は分からないらしく、面倒臭そうに助言するだけだった。

「……そうか、分かった」

 突っかかる疑問を抱いたまま、しかし番を探し当てれたことは嬉しく思う。

 九尾は水晶玉から手を離し、納めの儀式をしようと盃を取り出した。

 その時だった。

 全てを占い終えた四つの水晶玉が、再び星の如く光を放った。

「うおっ!」
「な、何だこれは!」

 私だけでなく、九尾も驚きを交えた声を上げる。

 水晶玉は私達に構わず輝き、その光は一つの線となった。その線は、九尾の目の前、自身の中心に集まり、一つの光となる。

「これは……!」

 九尾は混ざり合って固まった、全ての色を閉じ込めます光の塊を見つめ続けた。

 その塊の中から、何かがはらりと舞い落ちる。すかさず手を伸ばした九尾は、小さなそれを落とすことなく掴み取った。

 すると水晶玉は収まり、光の塊は薄れて、やがてその実態を私達の前から消した。残ったのは、九尾の手になる何か。

「今のは、何だったんだ?」
「それは分からん。でも、ほらよ」

 と九尾は何かを私に向けてさ差し出した。

「何だこれは?」

 小さくて薄く、淡い紫色のものだった。

「何かの欠片か?」

 になってそれにしては柔らかすぎる。それに、軽く指で擦ると少しばかり水分も感じた。同時に、ふわっと微かな甘い香りが鼻をくすぐる。

「一体何なんだ?」
「お前、分からないのか?」
「ああ」

 私が眉を顰めると、九尾は何が面白いのか笑い始めた。スラっと細くて何処か嘘めいたその顔をくしゃくしゃにして声を上げている。

「な、何だ?」
「いやー、これは傑作だなって」

 ようやく笑いが収まった九尾は、きゅっと瞳を細めた。

「それはな、桔梗っていう花だよ。そんなのも知らんのか」

 呆れたやつだな、とあやかしはため息をつく。

 まさかこれ、花だったのか。私の中に、花というのは花弁が合わさった完璧な個体しか浮かんでいないものだから全く思いつかなかった。

「そんなんじゃ、(つがい)なんかに会っても相手にされなそうだな」
「なっ、そんなことはない!」

 この私を相手にしない者などいるもんか。と、自信満々に言い聞かせたが、同時に不安にも駆られる。

「それで、結局この花は何だ?何故突然現れた?」

 当初の質問に戻る。九尾に馬鹿にされ続けるのは腹立たしいからな。

「おそらくそれは、お前を(つがい)の元へ導くものだろうな」
「だろうって、確定ではないのか?」
「今初めて見たんだから確定できる訳ないだろ。でも悪いもんじゃないことは確かだから持っとけ」

 私は手のひらに乗る花びらを見つめた。

「こんな脆くて小さなものが、私を案内してくれるのか?」
「そう信じるしかないだろ」

 訝しげに思うも、これはあやかしによって授けられたものだと、懐に仕舞い込む。

「今日は助かった。感謝する、九尾」
「ん、まぁな。お前の(つがい)が見つかってよかったよ」

 普段は口が悪いくせに、こんな時だけ他人を想ってくれるよな。だからこそ、私達一族と繋がっているのかも知れないが。

「では、またな」
「ああ、待て」

 踵を返そうとしたところを、九尾に呼び止められる。

「何だ?」
「帝の(つがい)には何か一つ贈り物をするんだろ?」
「ああ、そういうしきたりだ」
「もう決めてんのか?」
「いや、これから考える。とは言っても、あまり時間がないから大急ぎでな」
「なら、花がいいぞ」
「花?」

 突然尋ねてきては何を言い出すんだ、と内心不思議になる。しかし、九尾は視線を逸らしたまま呟くように言った。

 それは、やつの優しさからの言葉だったと、私ならば分かる。

(つがい)の女、花が好きらしいからな」
「……そうか、ありがとう」

 ふん、と言いつつ助言をくれるのが本当にありがたい。

 私は微笑みを浮かべて、やつの元を去った。
九尾の建物を出ると、明るい太陽が私を照りつけ、熱が一気に体内を駆け巡る。

「1週間、か」

 私は懐の花を見て、その時間の短さを改めて思い知る。

 まずは父や母にこのことを伝えなくては。そして、道中の支度や(つがい)の部屋を用意してもらおう。そしたら、最後は彼女への贈り物だ。

「花……とは言われても、どうすれば良いものか」

 生け花か、花を催した着物か、髪飾りか。女は一体何を貰えば喜ぶのだろう。

「あっ……」

 唐突にある案が降りてくる。

「花園……花園がいい!」

 庭に多くの花を植えれば、女も喜ぶだろう。

 どんな花がいいだろう。同じ花を一面に咲かせるか、数多の花を用意するか。

「いや、それではありきたりすぎる」

 (つがい)に送るものだ。他とは違う、特別なものでなければならない。

「四季の花を植えるか……?」

 それも、全て咲いている花を。

 普通ならば、ありえない。だが、神力を扱えばできるかもしれない。花々の成長を促し、姿を維持する力を与える。そうすれば、不可能なことではない。

「果たしてできるだろうか……?」

 もちろん、無謀なことではない。だが、やった試しもなく、結果は未知だ。私の頭の中に浮かんでいる計画は、少しばかり不安が募る。

「まぁ、やってみるしかないか」

 何事も挑戦だ。それに、こんなにも大きな高揚感を味わったことがない。唯一無二の存在には、最高のものを与えたい。

 この欲望は、絶対に叶えたいと、心の底から思う。

 私は誰に対してでもない笑顔を作り、炎天下の中を軽い足取りで進んだ。