宏弥は教員棟の個室に入り、どさりと本を机に置く。
飲みかけのペットボトルをあけ喉に流し込めば、話している事で渇いた喉がやっと落ち着いた。

椅子に座り窓から外を見る。
青々としていた葉は既に紅葉し、一部は風が吹く度に落ちていく。

あの佐東という男が接触してきてからそろそろ二週間が過ぎる。
宏弥もより書庫で色々と調べ、今まで自分が調べてきた知識と合わせた。

闇夜姫は観世音菩薩の生まれ変わりとされ、宵闇師の崇拝する相手。
そして闇夜姫はいつの時代もいるわけでは無い。

斎王が天皇の代替わりの際に選ばれるが、その方法は亀卜(きぼく)という亀の甲羅に傷をつけ熱を加えそのヒビの形で神意を伺ったとされているが、そんなのは形だけで実際は政治的意図で選ばれた。

闇夜姫の選ばれ方もそれに近かったと言われており、ということは何か形だけの儀式を行い選んだのだろう。
それは血を重視したのか、能力を重視したのかは不明。

そして斎王も途中途切れていたように、闇夜姫も随時いたわけでは無いようだった。
本当の魔を祓う者として必要なのなら、能力のある娘が見つかるまでは空白だったのだろう。

だが今、この現代は。

伊勢斎王は無くなり、皇族が祭祀として伊勢神宮に行くだけ、賀茂斎王は葵祭というお祭りで復活し一般人が斎王代としてそれを担っている。
ここでの斎王代の条件は、数千万という多額の費用が負担出来ること、葵祭に理解のあることが条件とされるため一般人といえど簡単になれるものではない。

斎王ですらそもそも短い時代しか存在しなかったがここまで人を惹きつけ形だけでも今に受け継がれている。

それがそもそも裏で存在し本当に必要な仕事をしていた闇夜姫はどう受け継がれているのだろうか。

宏弥は既に存在は消えていると考え研究したが、この大学に来てその考えを改めてるべきだと思った。
その上にこんな状況、この時代に闇夜姫は存在する。
それも形式的などでは無い、おそらく今までの能力と責任を背負って。

安い椅子の背もたれにもたれかかり、宏弥は顔を上げる。
机の上のスマホが震え、面倒な気分で手を伸ばして中を確認した。

それは世依からで、

『Topsのチョコレートケーキを買ったから明日でもみんなで食べようね!
待ち合わせの時間までには家に着きま~す』

とケーキの入った袋の写真と共に送られてきていた。

自然と口元が弧を描く。
彼女は今日は昼から友人達と都心に行き、夜までには戻ってきて自分と外食に行く予定になっている。
彼女はきっと今頃うきうきしながら持ち帰っているのだろう。

楽しみです。ではまた後で、と入力し送信する。

あのお祭りの後から、世依は宏弥にメールを送る回数が増えた。
綺麗な花があったとか、このお菓子が美味しかったとか些細なことがほとんど。
それに宏弥は必ず返信をする。
メールに気付くのに遅れ、あと一時間後に家で会うとしても。

交際相手のメールに面倒で返信しなかった自分とはほど遠い。
この家の雰囲気を悪くさせたくない、その気持ちが大きいのだろうと宏弥は思ってスマホを机に戻そうとした。

そしてその時に目に入ったのは、とある雑誌社から依頼を受けているもの。
『恋と斎王』という題名で書いて欲しいとの要求に、宏弥は最初断った。

斎王に恋はタブー。
それをわかった上で編集者が要求しているのもわかっている。
だが何度もお願いをされ、宏弥は折れた。
その折れた時期は、あの祭りの後。

宏弥は『恋』をスマホを使い辞書で調べる。
そこには『異性(または同性)に対し特別な愛情を感じて思い慕うこと。大切に思うこと。一緒に居たいと思うこと。その人に強く惹かれること』などとあった。

「家族愛かそうではないのか、どうやって見極めるんでしょうね。
やはり、僕にはわからない」

宏弥はぼんやりと空を見つめ、うわごとのように呟いた。