教室の前で、稲臣、紙原、舞島の三人がなにか話していた。

 「お、王子の幽閉が解かれたぞ」とこちらを向く紙原に「島崎はなんのお呼び出し?」と舞島が続く。

「うちの藤村、文豪じゃねえのよ」と稲臣が苦笑する。「あの教師、詩とか書いてないのよ」と。「書いてても教科書で読みたくはないわな」と紙原も苦笑する。

 俺は「大した話じゃないよ」と答える。

 「それは?」という稲臣の言葉を「放っておいてくれっていってるのか」と紙原が継ぎ、さらに舞島が「気を遣うなっていってるのか」と継ぐ。

 「お前は嘘がへただ」と稲臣。「峰野の休みとなんか関係あるんだろ」

 「愛されてるねえ」と舞島が笑う。「俺らみたいな素敵男子にここまでちやほやされてちゃ、女の子に嫉妬されちゃうよ」と冗談っぽくいう彼に、「お前がいうと腹立つな」と紙原がいう。

 「本当に大したことじゃなかったよ。ちょっと誤解があっただけ」

 しかし、と思う。担任は嘘をついているのならそのうちにわかるといった。俺を全面的に信じているわけではない。鴇田の動き方によっては大事になりかねない。

彼の懐疑を巧みに刺激し、ありもしない出来事を事実としてその奥深くに植えつけるかもしれない。懐疑心はその種を大きく立派に育てあげ、やがては大樹となるか花を咲かせるか。

 ふと、鴇田が怖いと打ち明けたのは余計なことだったのではないかと思えてくる。俺にはこの件がすべて鴇田の作りあげたものに思えると伝えてみようと思っていってみたのだけれど、今後の彼女の動き方によっては、俺が実際に拓実と問題を起こしたことが担任へ伝わってしまうからというふうに解釈されかねない。うまいこと隠していた拓実との問題が、鴇田を通じて露見してしまうと恐れていた、と。

ではなぜそんなことをわざわざ担任に打ち明けたのかと疑問に思ってほしいけれど、先生だって人間で、完璧な機械などではない。懐疑心を刺激されてしまえば、俺がそのような発言をしても問題についてはばれないと思って自分を疑わない自信家に見えてしまうかもしれない。

 「峰野はなんで休んでるんだ?」と紙原。「怪我をしたらしい」と素直に答える。

 「それで、俺と拓実の間になんらかの問題が起こったみたいだって話した人がいるみたいで」

 「誰」という稲臣に「鴇田」と答えると、「またあいつか」と紙原が顔を顰める。

状況が飲み込めていないといった表情の舞島に、稲臣が「人でなしだよ」と短く答える。舞島は強い衝撃を受けたといった様子でぴくりと目を見開いた。