「峰野って五組にいる人?」といわれて、げきちんがいいかけていたことがなんだったのかわかった。どんな流れだったか、舞島に拓実のことを話したときのことだった。

 「五組? この学校にいるの?」

 「峰野拓実でしょ? 小学校同じだった奴が五組にいるけど、すっごいかわいい女の子がいるっていって、大騒ぎしてたよ。あんまりいうもんじゃないんだろうけど、男みたいな名前だと思ってよく憶えてるんだ」

 「そう……」

 「え、いわない方がよかったかな。なんかあったの、その峰野って人と」

 「まあ、なんだろう……」長々と喋るのもどうかと思ったというのもあるけれど、「喧嘩みたいなものかな」と当たり障りない言葉を続けた自分にうんざりした。自分の無力さを隠しているような気分になった。

 「喧嘩ねえ……敬人も喧嘩なんてするんだ? しかも女の子相手に」

 なにもいえずに苦笑すると、舞島は「敬人も見かけによらないね」とのんびり笑った。

 「峰野って人とは付き合ってたの?」

 「わからない」

 「わからない?」

 「どんな関係だったのか、自分でもよくわかってないんだ。ただの同級生ってだけだったのかもしれない」

 「ふうん……。なかなか深そうだね」

 「闇が?」と笑うと、舞島は「なにをいうの」と笑った。

 「でもあれだね、敬人は峰野のこと好きだったっぽいね」

 「そう見える?」

 「間違ってる?」

 「いや名答だよ」

 「付き合っておけばよかったのに」と舞島は惜しそうにいう。「なんで告白しておかなかったの。付き合ってたなら、仲直りももうちょっと簡単だろうに」

 「甘えてたんだ、拓実に」

 「そうなの?」

 「拓実ってすごい人でさ。大人みたいなんだよ。俺はずっとそれに甘えてた」

 「ふうん。そんないい人なんだ?」

 「天使みたいな人だよ」

 「それで見た目もいいなんてなったら、敬人がよっぽど惹きつけてないと、すぐに別の人のところいっちゃうだろうね」

 「そうあってほしいね」

 「なんでよ」と舞島は驚いたように声をあげる。「そこは未練がましくねちっこくいないと。好きなんでしょ?」

 「大好きだよ。でも舞島は、大好きな人が苦しんでるの、間近で見ていたい?」

 舞島はぴくりとまぶたを震わせた。「え?」

 「そんなだったら俺は、大好きな人が笑ってるのを遠くから見てる方がずっといい」

 「……敬人はなにをしたの」

 「なにもしなかったんだよ」

 「なんて複雑な。なんて?」

 「進んだ病気は放っておいて治ることはないでしょう? 俺はそれを放っておいたんだよ」

 「峰野は病気なの?」

 「繊細な人なんだ。それでとうとうつらくなったときに、俺に疲れたっていってくれたんだ。でも俺は」間抜けだろ、と俺は苦笑する。自嘲を吐き捨てたような笑いになった。「『ゆっくり休んでね』なんていったんだ」

 「それが喧嘩の原因?」

 「後悔して会いにいったけど、できることはなくなってた。そりゃそうだよ、あのとき、拓実は限界だったんだから」

 「それから溝ができちゃったわけ?」

 「そうかな」と俺は頷いた。

 「でも、峰野は今学校に通えるくらいの状態なわけでしょ? 美貌が損なわれるような悲壮感に満ちてるわけでもない」

 「やり直すつもりはないよ」

 「ええなんで。馬鹿なの?」

 「馬鹿だよ。馬鹿な俺に拓実のそばにいる資格はない。同じことを繰り返さない自信もない」

 「どうしようもないな」と舞島はいったけれど、その感情は読み取れなかった。どこかには軽蔑があったに違いない。

俺自身がそうなのだから、客観的に見ればそれはもう惨めなことだろう。ここまで愚かでは救いなんてありはしない。どうしようもないのだ。