「じゃあちょっと話を戻そうか。峰野とのトラブルはあったのか?」

 「いいえ」と答えながらも、信じてもらうつもりはない。犯人はおおよそ容疑を否認するものだ、とでも思ってもらって構わない。証言者が鴇田ときた、自分の目につかないところで俺と拓実の間に問題が生じ、拓実が友人の鴇田に相談した、といった図が思い浮かぶことだろう。

しかし、拓実の怪我がよくわからない。俺とは関係がなさそうなものだけれど、担任がここで話したのだからなんらかの形で絡んでくるのだろう。

 「俺は峰野さんとは話もしませんから」

 「そうだよな。俺にもそう見えている」

 「……信じてくれるんですか」

 「俺は初めから疑うつもりはなかった。疑うよりも信じる方が性に合ってるんだ。峰野が怪我をした、鴇田が尊藤と峰野の間にトラブルがあったらしいと話してくれた。それで尊藤に話を聞きたかった。それだけだ」

 鴇田の影で生まれた冷静さは、この場で笑えるほどにまでふくらんでいた。「俺はいつまでも峰野さんとの問題については否定しますよ。でも鴇田さんもそれは同じでしょう。いつまでも俺と峰野さんの間に問題があったというでしょう」

 「それなら、三人に協力してもらうまでだ」

 「峰野さんは入院したんですよね」

 「まあ、なんとかするさ」と担任の声が少し笑った。

 「ただ、俺はちょっとしつこいからな。三人の受け取り方や感じ方を否定するようなこともするかもしれない」

 「……俺が問題だと思っていなくても、峰野さんには問題だったということですか」

 「それを何度も確認するかもしれない」

 「俺は何度でも否定しますよ」

 「それでいい」

 「俺と峰野さんは、問題が生じるような距離にいないんです。話も、物の貸し借りもしない。同級生ってこんなに遠い存在だったんだと驚いているくらいです」

 「尊藤は同じクラスの人みんなと親しいのか?」

 「そうではありませんけど。それにしても、峰野さんとは関係が薄いんです。ただ同じ教室にいるだけの人です、お互い」

 「峰野にとって尊藤もそうなのか?」

 「わかりません。俺は峰野さんのことをなにも知りませんから。そうですね、俺は峰野さんについて、名前くらいしか知りません」

 「顔も知ってるだろう」

 なんとなく子供っぽいなと思ってまた笑ってしまう。

 「でも、それは俺が峰野さんだと思っているだけの、よく似た別人かもしれません」

 「……ほう、そうか。それもそうだ」

 「……先生は、俺を信じますか」

 「疑う理由がない」

 「俺はさっきから一度も先生の目を見ていません」

 「それで疑っていたら疲れちまう」

 「言葉に振り回されるのも疲れるかもしれませんよ」

 「俺は言葉が好きだ。話をするのは苦痛じゃない。言葉に見えないところを探る方がずっと苦手だ。昼食の話は退屈だった」

 「あれでなにを探ったんですか」

 「鴇田のいう通り、峰野との間にトラブルがあったなら、尊藤はどうするだろうと思ってな。俺の勝手な印象だが、トラブルがあった相手が学校を休んだとなって、そう堂々としていられるようなタイプではないだろうと思っていた。人との接触を減らそうとするだろうと思った」

 「よく見ていますね」と俺は苦笑する。

 「でも尊藤は今日、少なくとも一人以上の友達と接触した。隠したいことがなかったんだろうと勝手に想像した」

 「それで、俺と峰野さんとの間には問題がなかったと?」

 「ただ、実際に鴇田が二人の間に問題があったらしいといっている。だから俺は今、自分の見ている尊藤をちょっと疑ってるよ」

 「俺自身じゃなく?」

 「俺がどう見ていようとどう感じていようと尊藤は尊藤だ、疑う必要はない。尊藤の言葉が嘘だったとしても、そのうちにわかるものだ」

 「……では、俺が今ここで、峰野さんの入院先を尋ねたらどうしますか」

 「それはちょっと待ってもらおうかな」と担任は笑う。「いったろ、俺はまだ尊藤に対する印象が正しいと信じてはいないんだ。場合によっては、尊藤と峰野を会わせるのは危険かもしれない」

 「それを、俺を疑ってるっていうんですよ」と俺は苦笑する。

 「話はこれだけだ」と担任はいう。「なにかあるか?」

 俺はようやく顔をあげた。久しぶりにしっかりと担任の顔を見たような感じがする。こんな顔だったかと不思議な心地だ。鷲鼻が特徴的な人だった。

 「いえ、特には」いったところでどうにかなるようなことでもない。ああ、ただ——。

 表情に出ていたか、「どうした?」と担任の穏やかな声がいう。

 「……俺は少し、鴇田さんが怖いです」

 「怖い?」

 俺は少し笑ってみる。「ええ、怖いです」