春休みの間、拓実といない時間はほとんどすべて勉強に充てた。拓実が少しでもじょうずに甘えられる相手になれるように、拓実が少しでも、頑張らなくていいと思える瞬間を作れるように。それ以上に、拓実がもう、頑張らなくていいように。
拓実のことを考えていると勉強もそれほど苦でなくなった。これが後々、拓実のためになるかもしれないと思うと、救われるような、いくらでも続けていられるような気持ちになった。
拓実は近頃、とても落ち着いているように思う。頑張らなくていいというのが伝わったのだろうか。いや、拓実のような人が、俺がなにかいった程度で落ち着けるとは思えない。
まさか、と一つ考えが過ぎって、背筋が寒くなる。
俺が彼女に意識を向けられていないのか。近頃、勉強に集中しずぎていたか。俺がなにか変わったといえばそれくらいしかない。
今まで気づけていたところに気づけなくなったのか。拓実が俺のいる間に家で勉強することはなくなったけれど、俺が拓実に見せていないのと同じことかもしれない。
まずい、と思ったときには遅かった。集中力はぷつんと切れていた。
俺はなにをしているのか。なんのためにこれほど必死になってノートを埋めている。自立のため。拓実が頑張らなくていいように、拓実にとって自分の存在が重荷にならないように。
いや待て、と高いところから自分の声がする。
では拓実はどうしてそんなに勉強に執着しているのか。
——わからない。
そこを知らなくてはどうしようもないのではないか。
——その通りだ。
俺は、と気がつくように思う。
俺は、拓実のなにを見ていたのだろう。拓実のなにを気にかけていたのだろう。頑張りすぎるところを気にしていただけで、その原因にはまるで気を配らなかった。
大きな荷物の半分を持ったところで、その中身やそれを持っている理由を知らなくてはどうしようもない。その中身はまるで必要のないものかもしれないし、それを持たせる者がいるのかもしれない。そこを見ないで半分持とうとしたところで……。
ちゃんとしないと生きていけない、といった拓実の涙声が蘇る。あれはどういう意味か。いや、いつか気づいたはずだ。拓実は俺のために頑張っていた。なにを、勉強を。どうして、……どうして——。
俺のために、拓実はどうして勉強をしたのだろう。
ああそういえば、と思い出される。いつか、もうだいぶ前だけれど——テストの点の話をしたことがあった。拓実は上等な点だったけれど、満足していないようだった。俺はそれよりずっと低い点で、拓実は敬人はいいんだよといった。
敬人は私が、と拓実の声が思い出される。
ちゃんとしないと生きていけない。敬人はいいんだよ。敬人は私が——。
勉強と生きることなにで繋がるのか。
人はなんのために学ぶ? 親戚の飲んだくれがいうには、忍耐力を鍛えるため。いや、あれはヒントにはならないだろう。
確かに俺のような人には勉強には忍耐力も必要だけれども、まさかそんなものが一般的に説かれているとは思えない。
もし、もしも、勉強が忍耐力を鍛えるためのものなのだとしたら、その忍耐力はどこでどのように活きるのか。
世の中思い通りにいかないことばかりだとか、社会じゃわがままは通用しないとかいうけれども、それは恐らくほかにわがままを押し通している人がいるからで、必ずしも譲る側に立たなくてはならないということもないだろう。
必死に忍耐力を育てなくては生きていけない、ということはないように思う。もちろん、押し通そうとしてばかりではどうしようもないので、ある程度の譲る気持ちやわがままに振り回されることへの忍耐力も必要だと思うけれども。
拓実は勉強になにを求めているのだろう。成績をよくしたいのか。それはなぜ。ほとんど会ったことはないけれど、あのおかあさんが厳しかったりするのだろうか。完璧を追い求める拓実は、それに応えようと頑張りすぎた。
——いや、違うだろう。親に応えるためなら、俺は関係ない。敬人はいいんだよというのはわかるけれども、敬人は私がというのがわからない。
成績をよくした先に、拓実はなにを求めているんだ。
待て落ち着け、と自分に呼びかける。少しは考えろ。
成績がいいことの利点はなにか。叱られない。褒められることもあるだろう。しかし、拓実がそのために必死になるだろうか。
いや、俺が知らないだけでそういう人なのかもしれない。ああいや、違う。やはりそれに俺は関係ない。拓実が優秀で褒められたとしても、俺の今一つな成績はどうにもならない。
もっと単純に考えてみるか。勉強ができればいい学校に進める。いい学校に進めば……。
——背伸びしていい学校に入れば後々苦労する、などとは考えてはいけないのだろう。
いい学校に進めば、学問のより深いところを学べる。そこで好きなものを見つければ、大学へ進み、教授になることもあるかもしれない。
では拓実は教授になりたいのか。
いや、やはり、敬人は私がといったのがわからない。
敬人は私が——。続きはなんだったのだろう。
拓実の考えるところが、わからない。
拓実のことを考えていると勉強もそれほど苦でなくなった。これが後々、拓実のためになるかもしれないと思うと、救われるような、いくらでも続けていられるような気持ちになった。
拓実は近頃、とても落ち着いているように思う。頑張らなくていいというのが伝わったのだろうか。いや、拓実のような人が、俺がなにかいった程度で落ち着けるとは思えない。
まさか、と一つ考えが過ぎって、背筋が寒くなる。
俺が彼女に意識を向けられていないのか。近頃、勉強に集中しずぎていたか。俺がなにか変わったといえばそれくらいしかない。
今まで気づけていたところに気づけなくなったのか。拓実が俺のいる間に家で勉強することはなくなったけれど、俺が拓実に見せていないのと同じことかもしれない。
まずい、と思ったときには遅かった。集中力はぷつんと切れていた。
俺はなにをしているのか。なんのためにこれほど必死になってノートを埋めている。自立のため。拓実が頑張らなくていいように、拓実にとって自分の存在が重荷にならないように。
いや待て、と高いところから自分の声がする。
では拓実はどうしてそんなに勉強に執着しているのか。
——わからない。
そこを知らなくてはどうしようもないのではないか。
——その通りだ。
俺は、と気がつくように思う。
俺は、拓実のなにを見ていたのだろう。拓実のなにを気にかけていたのだろう。頑張りすぎるところを気にしていただけで、その原因にはまるで気を配らなかった。
大きな荷物の半分を持ったところで、その中身やそれを持っている理由を知らなくてはどうしようもない。その中身はまるで必要のないものかもしれないし、それを持たせる者がいるのかもしれない。そこを見ないで半分持とうとしたところで……。
ちゃんとしないと生きていけない、といった拓実の涙声が蘇る。あれはどういう意味か。いや、いつか気づいたはずだ。拓実は俺のために頑張っていた。なにを、勉強を。どうして、……どうして——。
俺のために、拓実はどうして勉強をしたのだろう。
ああそういえば、と思い出される。いつか、もうだいぶ前だけれど——テストの点の話をしたことがあった。拓実は上等な点だったけれど、満足していないようだった。俺はそれよりずっと低い点で、拓実は敬人はいいんだよといった。
敬人は私が、と拓実の声が思い出される。
ちゃんとしないと生きていけない。敬人はいいんだよ。敬人は私が——。
勉強と生きることなにで繋がるのか。
人はなんのために学ぶ? 親戚の飲んだくれがいうには、忍耐力を鍛えるため。いや、あれはヒントにはならないだろう。
確かに俺のような人には勉強には忍耐力も必要だけれども、まさかそんなものが一般的に説かれているとは思えない。
もし、もしも、勉強が忍耐力を鍛えるためのものなのだとしたら、その忍耐力はどこでどのように活きるのか。
世の中思い通りにいかないことばかりだとか、社会じゃわがままは通用しないとかいうけれども、それは恐らくほかにわがままを押し通している人がいるからで、必ずしも譲る側に立たなくてはならないということもないだろう。
必死に忍耐力を育てなくては生きていけない、ということはないように思う。もちろん、押し通そうとしてばかりではどうしようもないので、ある程度の譲る気持ちやわがままに振り回されることへの忍耐力も必要だと思うけれども。
拓実は勉強になにを求めているのだろう。成績をよくしたいのか。それはなぜ。ほとんど会ったことはないけれど、あのおかあさんが厳しかったりするのだろうか。完璧を追い求める拓実は、それに応えようと頑張りすぎた。
——いや、違うだろう。親に応えるためなら、俺は関係ない。敬人はいいんだよというのはわかるけれども、敬人は私がというのがわからない。
成績をよくした先に、拓実はなにを求めているんだ。
待て落ち着け、と自分に呼びかける。少しは考えろ。
成績がいいことの利点はなにか。叱られない。褒められることもあるだろう。しかし、拓実がそのために必死になるだろうか。
いや、俺が知らないだけでそういう人なのかもしれない。ああいや、違う。やはりそれに俺は関係ない。拓実が優秀で褒められたとしても、俺の今一つな成績はどうにもならない。
もっと単純に考えてみるか。勉強ができればいい学校に進める。いい学校に進めば……。
——背伸びしていい学校に入れば後々苦労する、などとは考えてはいけないのだろう。
いい学校に進めば、学問のより深いところを学べる。そこで好きなものを見つければ、大学へ進み、教授になることもあるかもしれない。
では拓実は教授になりたいのか。
いや、やはり、敬人は私がといったのがわからない。
敬人は私が——。続きはなんだったのだろう。
拓実の考えるところが、わからない。