勉強は得意じゃない。得意じゃないから好きでもない。集中力が続くのは一回十分。十分に一度縁廊下へ出る。拓実にもらった菊の花を眺める。拓実は今頃なにをしているだろうと思いを馳せる。

ほんの少し前まで一緒にいても、すぐに会いたくなる。まだ頑張っちゃったりしてるのかなとか、疲れて眠ったりしてるのかなとか、いろんな『もしかして』が頭の中を巡った。のんびりしている拓実を想像してほっこりし、頑張ってしまっている拓実を想像して悲しくなった。

 見つけた時間を埋め尽くす勉強に、面倒だとか疲れたとか思ってみても、この忙しなさに充実感を見出していたのもまた事実だった。

ようやく、目標や目的を見つけた気がした。拓実を縛りつけるものを解きたい。拓実に、無理をしないでほしい。

 単純だ。それでいい。拓実が好きで、拓実に笑っていてほしい。そのためにできることをやる。不器用な拓実が、頼れるような人になる。

賢さも優しさも、そう簡単に手に入るものとは思っていない。それならば相当の努力を注ごう。拓実のためなら、菊を眺めず三十分でも一時間でも机に向かおう。

 文机の前に座り直して、俺はシャツのボタンを一つ外した。袖のボタンも外して、大きく捲る。問題集を開き、苦手分野の文字の羅列にぎくりとするけれど、頭を振って雑念を払う。鉛筆を握り直し、ノートに文字を並べていく。臆するものか。

これでも、苦手分野で七十五点以下は取ったことがないのだ。七割とちょっとは正解を導ける。三割もないような残りくらい、どうってことない。解答に斜線など引かせるものか。全部、俺のものにしてやる。

 ——拓実、拓実。

 どうか、彼女にふさわしい人間になりたい。立派で不器用な頑張り屋さんの拓実に、俺がいるよと、ちゃんといえるような人になりたい。ちゃんと、彼女を安心させられるような人になりたい。

 もうずっと前、拓実が『怖いなら見なければいいんだよ』と目元を覆ってくれたときの安心感を、今度は俺があげたい。

俺がいるから、もう頑張らなくていいんだよと、そういえるだけの力を持って、癒してあげたい。頑張らないと、ちゃんとしないとと凍てつきかたまった心を、温め、ほぐしてあげたい。