それからはあっという間だった。二人にいろいろ訊かれ、曖昧に答えるうちにその日はなんとか終わったけれど、次の日には教室中大騒ぎだった。発信源は私として、その情報が教室に広まっていた。尊藤君の周りに、稲臣君と紙原君が変わらずにいてくれたのと、それに松前君が加わってくれたのが唯一の救いだった。尊藤君が一人にならなくてよかったと、本気で思った。

 ただ、先生が尊藤君とミネの間になにかあると知ってくれればよかった。藤村先生のことだから、きっとすぐに確認するだろうと思った。それで尊藤君が、過去にミネにしたことを思い出して、向き合ってくれればいいと思った。

 ひどい騒ぎの教室の中で、後悔がどうしようもないほどにまでふくらんだ。ミネがそばからいなくなってしまえば、私は完全に一人だった。自分の意思だけでここまでのことを起こしたのだという自覚が一気に湧いてきた。ミネはなにも、こんなことは望んでいなかったかもしれない。ただ、私が尊藤君のことが好きなのを知って、彼に近づくことで私が自分と同じように傷つくことがないようにと気を遣ってくれただけかもしれない。疲れたというのは、終わりにしたいというのは、私の暴走に対する思いだったのかもしれない。

 私は尊藤君にミネの傷を思い出してもらおうとして、その被害者のミネを利用した。大好きな友達を利用して、大好きな人を傷つけた。もっと冷静に、ちゃんと尊藤君を嫌いになるべきだった。それができないなら、ただ黙って自分がミネのそばにいるべきだった。そのどちらもできないで、感情に任せて動いた結果がこれだ。誰も救えない。ミネの傷はさらに深いものになったに違いない。ミネの手首の怪我が本当に私のいったような形で負われたものなら、その原因は間違いなく尊藤君ではない、私にある。

 どうにかしてこのすべてを終わらせなくてはいけないと思った。償いの真似事。

 尊藤君の本心を聞こうと思った。大人しくて目立たない、保育園からの幼馴染がいた。その人に、尊藤君が常に持ち歩いている文房具を取ってくるように頼んだ。尊藤君を知らない人だったので、食堂で目つきの悪い人と一緒にいる二人のうち、比べると髪の毛が長い方と伝えた。

 彼はチェスの駒を持ってきた。同時に頼んだ紙を入れるのも成功したという。あとは放課を待つだけだった。

 尊藤君は駒をケースと呼んだ。幼馴染の持ってきた王様がなんであろうと構わなかった。私は誰にも、なににも勝てはしない。奪った王様は元の国へ返す。

 王様を返してすぐに、どうしてミネに嫌われるようなことをしたのかと尋ねた。どうしてミネを傷つけたのかといえば、また感情的になってしまいそうだったから。

 結局、ミネと尊藤君の間になにがあったのかはわからなかった。ただ、尊藤君はミネが大好きだった。話をするうちに我慢できなくなった。ああ、叶わないんだと理解した途端、大好きが止まらなくなった。最後の最後まで、ちゃんとできなかった。ミネは守れないし、尊藤君は嫌いになれない。どうしようもなかった。

 当然、尊藤君は私を嫌いだった。とても冷静にいわれた。そして、二度と近づかないでほしいと、すべて忘れさせてほしいといわれた。

 私が最後にできることは、すべてを終わらせることだった。一刻も早くこの馬鹿な一件を終わらせて、少しでも早く尊藤君に平和な日常を返す。

 藤村先生に、ミネと尊藤君のトラブルは私の勘違いだったと話した。先生はミネの怪我の本当の原因を知っているのだろう、「そうか」と短くいっただけだった。私は何度も謝った。私の勝手に先生を巻き込んだこと、ミネのことも尊藤君のこともなにも知らなかったこと。そんな私が、みんなの人生を、心を掻き乱したこと。

 先生は優しく、「大丈夫だよ、教えてくれてありがとうな」といってくれた。そのやわらかな声が苦しかった。みんな、とても優しい人だった。とても真っ直ぐな人だった。平穏に過ごすべき人たちを、私は利用し、傷つけ、振り回した。私はノートに、尊藤君の存在を否定する言葉を書き殴った。否定されるべき存在は自分だというのに、それを知らないで彼を否定した。