「最近変じゃないか?」

 「……なにがですか」

 いつもように夕食を食べていた時、突然投げられた言われたくない言葉に目を逸らした。

 「避けられているのは最初からだから、それは別にいいんだが」

 気づかれていた。
 確かに最初は避けていたとはいえ、最近では周囲に指摘されるほどお互いの距離は近くなっていた。それなのに、また避け始めると怪しまれるのは当然のこと。
 今までどうやって隣を歩いてたっけ。どこを見て話してた?そんな些細なことを考えてしまうほど、今の状況に耐えられなくなっていた。

 「悪いが明日は一緒に来てもらうぞ?最後の持ち主に会いに行く」

 「はい!ヴァイトさんのところですよね?」

 話を聞いている時間でさえ集中できていなかったけれど、持ち主についての話だけはちゃんと聞いていた。



 そして翌日、訪れたのはこの町で一番大きな洋館だった。

 ここまで来るのに会話はなく、歩く時も人一人入る分の間を空けていた。
 ベルを鳴らして中から主が出てくるのを待つ時間でさえ気まずい。

 「あー!クラネスだ!」

 家から出てきたのは可愛らしい女の子。クラネスさんを見つけると迷うことなく飛びついてきた。

 「えっ」

 その光景に目が点になった。

 「いつものことだ、気にするな」

 彼女は私と六歳ほど年が離れている。つまり子どもだ。

 「ヴァイト様、クラネス様が困っておられますよ」

 ヴァイト様って……洋館に住んでいて、使用人がいて、この子もしかしてお嬢様だったり。

 「いいの!私、クラネスのこと好きだから!」

 使用人に向かってヴァイトちゃんは笑顔を見せていた。
 その様子に私は黙ってクラネスさんの方を見た。

 「いつものことだ」

 「いつも……」

 「俺を見つける度に飛びついてきて、しばらく離れない」

 あー、だからか。ここへ来る前やたらとため息が多いと思っていた。
 クラネスさんは少し鬱陶しいと思いながらも、それを彼女に悟られないように接している。

 それにしてもこの子、クラネスさんにべったりだな。
 いや別に、嫉妬とかしてない。

 彼女はヴァンパイアで、クラネスさんとは同種族なわけで、年は離れてるけれど同じ世界に生きている人たちだから、私なんかより釣り合うのは分かる。まだ自分の気持ちを言えていないからって嫉妬とか別に。子ども相手だし、なんとも思ってないと心の中でぶつぶつ言っていた。
 そんな私を見て、クラネスさんは笑っていた。

 「妬いてるのか?」

 「違います!」

 顔に出していないはずなのになんで……いや、そもそも妬いてないし。

 「皆様、中へどうぞ」

 使用人の言葉に頷いて足を動かした。

 私は何さっきから自分に対してツッコミを入れているのだろう。何とも思っていないのなら、気にしなければいいのに。



 洋館の中に入ると広間に案内された。使用人が数名いる。おしゃれな内装に、高価な家具。
 私の向かい側には、クラネスさんとヴァイトちゃんが並んで座っている。

 ヴァイト・エール。
 闇魔族のヴァンパイア。ツインテールで赤色の瞳をしている。羽もしっぽも本物みたいで、動いている。
 生まれつきの愛され体質らしく、彼女を見ると世話を焼きたいと思う人がいるらしい。そのため一緒に住んでいる使用人たちは、ヴァイトちゃんが望んだわけではなく勝手に世話をしている。

 以前クラネスさんが作っていたクラッカーの防犯グッズや、モモさんとリィンさんがデザインした洋服は彼女のもので、使用人が依頼したらしい。
 ヴァイトちゃんは、この町で有名なお嬢様だった。確かに可愛いし、世話を焼きたくなるのも分かる。分かるけども……。

 「ヴァイト、例の話なんだが」

 「うん!」

 やっぱり近くないか!広いソファに座っているのに、二人の距離はほぼゼロ。
 クラネスさんのことが好きなのは十分伝わってきた。私もそこまでされてわざわざ引き離そうとか考えていない。
 ただ、ヴァイトちゃん。私の方を見てニヤけるのをやめていただきたい。


 「あぁ、その石なら洞窟に沢山あるよ」

 「洞窟ですか?」

 「家の所有している山の中にあるし、それなりに整備されてるから勝手に取って行っていいよ」

 最後の材料は鉱石。
 ちらっと二人の方を見ると、ヴァイトちゃんはクラネスさんと離れたくなさそうにしていた。
 私はワンピースを着ていて山登りに適している格好ではないけれど、整備されてる道なら大丈夫かな。

 「じゃあ私、行ってきます」

 クラネスさんと二人きりにならずに済むなら一人で行った方がいい。

 「灯一人じゃ危険ではないか?」

 立ち上がった私に声をかけてくれた。

 「大丈夫ですよ。日が沈むまでには帰ってきますから」

 今はまだ午後の明るい日差しが届いている時間帯。夕方までに帰ってくれば何とかなるだろう。