町の人たちがなぜ人間を怖がらせなくてはならないのか。今日はその理由についてと実験についての話を聞くことになった。


 「我々が人間の夢に入らなければならない理由は、この町を支えているエネルギー源のためだ。エネルギー源を動かす材料として必要なのが、人間の夢の中に落ちている夢のカケラ」

 「夢のカケラ?そんなものが夢の中にあるなんて初耳です」

 夢のカケラは、単純に夢の中にあるからそんな名前がついたらしい。

 「鏡から人間の夢へと入り、カケラを集めて来なければならない。一日一名が当番制で、たった一つのカケラのために。……中には自らを嫌われ役と言っている者もいるが、それは自身の容姿や人生に皮肉を込めて言っているだで誰も嫌われ役を望んでいるわけではないし、怖がらせたいわけでもない。ただ必要なものを探しに行ったら怖がられてしまった。言わば結果論だな」

 怖がらせるために夢に入るわけではなく、夢に入ったら怖がられた。
 怖いと思うものは人それぞれだから、自分が怖いと感じるものでも他の人から見たらどうってことないものもある。だから、この町には本当に多種多様なキャラクターたちがいる。

 「エネルギー源がなくなってしまうと町の者たちは生活できなくなってしまう。それでは困るだろ?だから皆、仕方なくその現実を受け入れて今日も夢のカケラを集めているが……俺はそんな町の在り方を変えようと思っている」

 自分たちは人を怖がらせてしまう存在である世界に生まれたのなら、それがこの世の理だと受け入れてしまうのも分かる。

 みんなが同じ方向を向いているのに、自分だけ反対方向へ進むことはできないし、自分が正しいと思っていても行動を変える勇気は、私にはない。
 けれどクラネスさんは違うのかもしれない。

 「もしかして例の研究というのは」

 そう問いかけた時、曇り空の合間から見えた太陽が二人の足元を照らした。
 ゆっくりと視線を合わせたクラネスさんの瞳は迷うことなく一点を見つめている。

 「夢のカケラがなくとも、この町が成り立っていけるように別のエネルギー源を作り出すことだ」

 その答えが正解かどうかは分からない。それでも、私は応えたいと思った。
 流れに逆らった先で新しい何かが見つかるかもしれない。臆病な自分を変えられるかもしれない。この人と一緒なら。

 「分かりました。私は何をすればいいですか?」

 その言葉に安心したように、クラネスさんは「ありがとう」と言った。

 「灯には、エネルギー源に必要な材料を一緒に集めてほしいんだ」

 「材料を集める?」

 私はてっきり自分自身が材料になってしまうものだと思っていたから、想像していたよりも簡単な内容で呆然とした。

 「説明しておくと、そのエネルギー源に必要な材料にはそれぞれ持ち主がいて、灯には譲ってもらうための交渉をしてもらいたい。対価を求められた場合にはこちらで対応するが、俺だから相手にしてくれないやつもいるし少々厄介な相手もいる。頼まれてくれるか?」

 交渉なんてしたことないし、見知らぬ私の話を聞いてもらえるか分からない。ましてや人と関わることを避けてきた私にとっては学校の試験よりも難題だ。

 「私でいいんですか?交渉ならエイトさんとかシュベルトさんに頼んだ方が……」

 「交渉相手は六名ほど。エネルギー源を作り出すことに賛成してくれている者もいれば、今のままでいいと諦めている者もいる。灯ならその者たちの心を動かせると思ってな」

 つまりこれは私にしかできないこと。
 正直自信はないけれど、やってみないことにはどうなるか分からない。こういう時、普段の私なら手を引いていたけど……。

 「とりあえず当たって砕けます」

 「砕けられるのは困るが、できる範囲で構わない。期待しているぞ?」

 こうして私の助手としての仕事が始まった。