悔しい。そう言われて思い当たることがある。

 私は、他人が己の価値観で人のことを決めつけているのを聞くと、感情に(もや)がかかってしまう。

 以前、母親が亡くなったことを知った近所の人が、私のいないところで「可哀想にね」なんて話していた。
 そこに悪気があったわけではなく、単純に私のことを気にかけてくれていたということは分かっていた。
 だけど生憎、同情されるのは好きじゃない。一人でいる私のことを見て可哀想だと思われるのが嫌だった。私が可哀想に見える理由を親がいないからということにしないでほしかった。

 自分のものさしで他人を測ることは正しいとは思えないから、隣の人は普通じゃないだの、あの人の選択は間違っているだのと、他人の価値観を否定するような言葉も苦手だ。
 可哀想という言葉で私の価値を否定されているように感じてしまうのは、私自身が自分のことを可哀想だと思っていないからだ。

 そう分かっているのに私は他人の意見に流されてしまう。他人の評価や価値観で染った色を当人の色だと信じてしまう自分が悔しい。
 だから何事も先入観に囚われず、真実を自分の目で見極められるようになりたいと思っていた。
 ……思っているだけで、今はまだ流されてしまいそうだから他人と関わらないようにしていたのに。


 エイトさんは、なぜこの話を私にしたのだろう。
 私は別の世界から来た部外者だ。それなのにこんな話をされたら、考えなくてもいいことまで考えなくてはならないような気がする。
 今まで他人に干渉しない道を選んできたから少し面倒だ。


 「あなたに渡したいものがあります」

 手渡されたのは見慣れない形をした鍵。

 「これは図書館にある部屋の鍵です」

 図書館。ここへ来る途中、話題に出たあの建物。

 「もしもあなたが、この町の秘密を知りたいと思うのなら、今夜図書館に行って二階にある奥の部屋へ行くといい」

 「夜ということは、忍び込むってことですか?」

 「警備員に鍵を見せれば通してくれる。ただし、一人で行くんだよ」

 この日一番の圧を感じた。
 夢に出でくるキャラクターたちが住んでいる世界があるということ以外に、どんな秘密があるというのか。ここまで来ると並大抵のことでは驚かないと思う。

 「分かりました」

 知りたいなら行けばいいと選択を委ねられているけれど、行ってほしいと言われているようにしか思えなかった。





 その後しばらくして、クラネスさんが戻ってきた。

 「エイト、時計は直しておいたぞ。それとイチゴもキッチンに置いといた」

 「すまないね」

 エイトさんと顔を合わせると、口元に人差し指を立てて「内緒だ」と言うように合図をされた。
 図書館の件は言わないで、ということだろうか。

 「さて、そろそろ帰るか」

 私は鍵をポケットに隠し、エイトさんの家を後にした。