尾道自身も怪しいとは思いつつも、当初は確信を持てなかったらしい。
だが、かつて知り合いに同じ病を患っていた人が居たらしく、その人が服用していた薬に見覚えがあり、ピンときたようだ。
そのことを彼女に問い詰めると、とうとう白状。
以後、病気の経過については尾道にしか伝えていないようだ。
気付けなかった自分を呪うべきか。
隠していた浜松を恨むべきか。
今さら悔やんだところで後の祭りだ。
「慢性期は症状が出ないらしいから、羽島くんが気付けなかったのはしょうがないよ。浜松さんも隠したかったみたいだし」
俺の心情などお見通しか。
その後の尾道の話によると、症状の出ない慢性期は5年程続き、なおも白血球や血しょう板の数等が改善しない場合、移行期、急性期とフェーズが変わるらしい。
彼女曰く、浜松が倒れたのは薬の副作用か、もしくは寒い場所に長時間滞在したことによる血管収縮が原因のようだ。
慢性期は、薬を服用すれば健常者とさほど変わらない生活ができるらしく、
俺が気付けないのも無理はないと、尾道は言うが……。
ふと、いつか彼女に言われた一言が頭を過る。
『……だからアタシさ。これからも嘘を吐くよ。うん! 吐き続ける!』
まんまとしてやられた。
俺を騙すのは、さぞ楽だったことだろう。
いずれにせよ、今分かる事実は一つだけだ。
今こうしている間も、彼女は病魔と闘っている。
「それでさ……。羽島くん、お願いがあるんだけど」
「……病気のこと、知らないフリしろ、だろ?」
「分かった?」
「分かるよ、そんくらい。まぁそれなら何でわざわざ俺に話したのか分からんけどな。一応、その……、恋人だからか?」
「そういうわけじゃないよ。羽島くん、浜松さんと映画撮るんでしょ?」
「知ってたのかよ……。あー、悪い。別に尾道を蚊帳の外に置きたかったわけじゃねーからな?」
「それは別にいいの。映画作ること自体は彼女が言ってたんだし。それでね。浜松さんが撮りたい映画って何だか知ってる?」
「いや、知らん」
「恋愛モノ。それも嘘とか欺瞞がテーマのすっごい捻くれたヤツ……」
「それ……、アイツが言ってたのか?」
「ううん、言ってないよ。どんなの作りたいのって聞いても教えてくれなかったし」
「じゃあ何で……」
「だって、彼女ね。私と映画行く時、いつも恋愛映画ばっか選ぶんだよ。『ラブコメには物語の全てが詰まってる』とか言って……。それに彼女ね。ヒントだって言って『ヒロインのモデルはアタシ!』って言うんだもん。そんなのもう、羽島くんとのラブコメしかないよ」
飽くまで尾道の憶測だ。
だが、滔々と迷いなく語る尾道の姿を見ていると、自然と疑う気持ちがなくなってくる。
やはり4年間、浜松をそばで見てきただけある。
「……おかしいな。俺は脚本担当だったのに、そんな話全く聞いてなかったぞ。どうなってんだよ、アイツのマネジメント」
「羽島くんなら、何となく察してくれると思ったんじゃないかな?」
それは無茶というものだ。
彼女はこれまで嘘を吐いていたワケだ。
別にそれを攻める気はない。
だが、俺はこれまで彼女が見せたかった浜松朔良しか見ていなかった以上、一体どんな脚本が書けるというのだ。
「ムチャクチャだろ。俺はそこまでアイツのこと知らねぇぞ……」
俺の言葉に、尾道は被せ気味に応える。
「あのさ、羽島くん。気が付かない? 羽島くん、彼女に喧嘩売られてるんだよ?」
「はぁ? どうしてそうなんだよ?」
「だってそうでしょ? 今羽島くんが言ったように、本来監督と脚本は二人三脚じゃなきゃいけないはず。コレ、浜松さんのスタンドプレーだよ? 仕返ししなくていいの?」
俺を奮い立たせようとしているのか。
それとも、浜松に嘘を吐く理由を与えようとしているのか。
いや。後者であることは火を見るより明らかだ。
「そっか。そうだよな……。何か悪いな。色々世話焼いてもらって」
「ううん。私も何だかんだ凄い迷ってたからさ。正直言って、後付けだよ。こんなの……」
そう言うと、尾道はバツが悪そうに俯く。
尾道が迷うのも無理はない。
合宿の時にも何度か、尾道に違和感を覚えることがあったが、やはり彼女なりに葛藤があったのだろう。
「でも最後に言えて良かった。本当に何も知らないのと、分かった上で知らないフリするのって、やっぱり違うしね。色々、これから暗躍できるでしょ? それに……、そっちの方が羽島くん達らしいしね」
俺たち、らしいか。
確かにそうかも知れない。
アイツは『完璧に騙してやる』のが騙す側の礼節だと言った。
過程はどうあれ、俺にこうして情報が渡ってしまった以上、アイツは大根役者だし、監督としても三流だろう。
尾道が言う通り、俺は浜松に喧嘩を売られたワケだ。
それならば、売られた側として、それを買ってやるのもまた礼節である。
彼女の病気など素知らぬフリで、脚本制作を始めるなど拷問にもほどがあるが、騙し合いという勝負の土俵に上がってしまった以上、俺が逃げる理由はない。
何よりも、他ならぬ彼女自身がまだ諦めていないのだから。
だが、かつて知り合いに同じ病を患っていた人が居たらしく、その人が服用していた薬に見覚えがあり、ピンときたようだ。
そのことを彼女に問い詰めると、とうとう白状。
以後、病気の経過については尾道にしか伝えていないようだ。
気付けなかった自分を呪うべきか。
隠していた浜松を恨むべきか。
今さら悔やんだところで後の祭りだ。
「慢性期は症状が出ないらしいから、羽島くんが気付けなかったのはしょうがないよ。浜松さんも隠したかったみたいだし」
俺の心情などお見通しか。
その後の尾道の話によると、症状の出ない慢性期は5年程続き、なおも白血球や血しょう板の数等が改善しない場合、移行期、急性期とフェーズが変わるらしい。
彼女曰く、浜松が倒れたのは薬の副作用か、もしくは寒い場所に長時間滞在したことによる血管収縮が原因のようだ。
慢性期は、薬を服用すれば健常者とさほど変わらない生活ができるらしく、
俺が気付けないのも無理はないと、尾道は言うが……。
ふと、いつか彼女に言われた一言が頭を過る。
『……だからアタシさ。これからも嘘を吐くよ。うん! 吐き続ける!』
まんまとしてやられた。
俺を騙すのは、さぞ楽だったことだろう。
いずれにせよ、今分かる事実は一つだけだ。
今こうしている間も、彼女は病魔と闘っている。
「それでさ……。羽島くん、お願いがあるんだけど」
「……病気のこと、知らないフリしろ、だろ?」
「分かった?」
「分かるよ、そんくらい。まぁそれなら何でわざわざ俺に話したのか分からんけどな。一応、その……、恋人だからか?」
「そういうわけじゃないよ。羽島くん、浜松さんと映画撮るんでしょ?」
「知ってたのかよ……。あー、悪い。別に尾道を蚊帳の外に置きたかったわけじゃねーからな?」
「それは別にいいの。映画作ること自体は彼女が言ってたんだし。それでね。浜松さんが撮りたい映画って何だか知ってる?」
「いや、知らん」
「恋愛モノ。それも嘘とか欺瞞がテーマのすっごい捻くれたヤツ……」
「それ……、アイツが言ってたのか?」
「ううん、言ってないよ。どんなの作りたいのって聞いても教えてくれなかったし」
「じゃあ何で……」
「だって、彼女ね。私と映画行く時、いつも恋愛映画ばっか選ぶんだよ。『ラブコメには物語の全てが詰まってる』とか言って……。それに彼女ね。ヒントだって言って『ヒロインのモデルはアタシ!』って言うんだもん。そんなのもう、羽島くんとのラブコメしかないよ」
飽くまで尾道の憶測だ。
だが、滔々と迷いなく語る尾道の姿を見ていると、自然と疑う気持ちがなくなってくる。
やはり4年間、浜松をそばで見てきただけある。
「……おかしいな。俺は脚本担当だったのに、そんな話全く聞いてなかったぞ。どうなってんだよ、アイツのマネジメント」
「羽島くんなら、何となく察してくれると思ったんじゃないかな?」
それは無茶というものだ。
彼女はこれまで嘘を吐いていたワケだ。
別にそれを攻める気はない。
だが、俺はこれまで彼女が見せたかった浜松朔良しか見ていなかった以上、一体どんな脚本が書けるというのだ。
「ムチャクチャだろ。俺はそこまでアイツのこと知らねぇぞ……」
俺の言葉に、尾道は被せ気味に応える。
「あのさ、羽島くん。気が付かない? 羽島くん、彼女に喧嘩売られてるんだよ?」
「はぁ? どうしてそうなんだよ?」
「だってそうでしょ? 今羽島くんが言ったように、本来監督と脚本は二人三脚じゃなきゃいけないはず。コレ、浜松さんのスタンドプレーだよ? 仕返ししなくていいの?」
俺を奮い立たせようとしているのか。
それとも、浜松に嘘を吐く理由を与えようとしているのか。
いや。後者であることは火を見るより明らかだ。
「そっか。そうだよな……。何か悪いな。色々世話焼いてもらって」
「ううん。私も何だかんだ凄い迷ってたからさ。正直言って、後付けだよ。こんなの……」
そう言うと、尾道はバツが悪そうに俯く。
尾道が迷うのも無理はない。
合宿の時にも何度か、尾道に違和感を覚えることがあったが、やはり彼女なりに葛藤があったのだろう。
「でも最後に言えて良かった。本当に何も知らないのと、分かった上で知らないフリするのって、やっぱり違うしね。色々、これから暗躍できるでしょ? それに……、そっちの方が羽島くん達らしいしね」
俺たち、らしいか。
確かにそうかも知れない。
アイツは『完璧に騙してやる』のが騙す側の礼節だと言った。
過程はどうあれ、俺にこうして情報が渡ってしまった以上、アイツは大根役者だし、監督としても三流だろう。
尾道が言う通り、俺は浜松に喧嘩を売られたワケだ。
それならば、売られた側として、それを買ってやるのもまた礼節である。
彼女の病気など素知らぬフリで、脚本制作を始めるなど拷問にもほどがあるが、騙し合いという勝負の土俵に上がってしまった以上、俺が逃げる理由はない。
何よりも、他ならぬ彼女自身がまだ諦めていないのだから。