「はーい! じゃあ今から点呼するんで、呼ばれた人から順にバスに乗り込んで下さーい!」
彼女の入会から、光の速さで合宿の予定が決まった。
当初は不安しかなかったが、行き先が決まってからの彼女はまさに別人だった。
彼女主導により、温泉宿の予約からマイクロバスの手配、レクリエーションの企画まで、あれよあれよという間に予定は決まっていった。
元より、どこか常人離れしているとは思っていたが、やはりその予感は的中していたようだ。
同時に、そんな彼女のサポート業務に何の疑問も抱かずに徹している自分に驚愕する。
人は、こうして社畜への階段を一段ずつ登っていくのだろうか。
とは言え、そう嘆いてばかりもいられない。
時の流れとは残酷なもので、その日は容赦なく訪れた。
「羽島っちー! 早く乗ってー」
気づけば、集合場所の大学の正門の前に一人だった。
浜松はマイクロバスの席から頭だけ出し、俺に呼びかける。
あれ?
俺一応、副幹事だったよな?
「羽島っちー! ココ、ココー!」
バスへ乗り込むと、既に中は旅行前独特の高揚感でざわついていた。
サークルとしては小規模と言えど、小型のマイクロバスということもあり、必然的に俺が座る席も限られてくる。
そんな中、浜松は入り口付近の窓側の席から、隣りのシートをぽんぽんと叩きながら俺を呼ぶ。
「ココ、しかねぇか……」
「最初から、ココしかないの! 一応副幹事でしょ!?」
「そうでした、そうでした。じゃあ寝るから着いたら起こして」
「ちょっと!? まだ大事なこと決まってないでしょ!?」
そうだった。
すっかり忘れていた。
「あぁ、そうだったな。んでどうすんだ?」
「早速丸投げ!? まぁいいけど。実はちょっとしたサプライズを考えておりましてね、うんうん!」
彼女の言うサプライズとは、三原副会長の祝勝会のことだろう。
というのも先日、副会長が希望の会社から見事に内定をもらったらしく、サークルで何かお祝いをしてあげようと、浜松から提案があった。
彼女からのお題は『心停止するほど感動的な企画』という、何とも物騒なものだったが、そんなものは一朝一夕に思いつくはずがない。
恐らく、既に彼女なりに答えが決まっているのだろう。
だから、俺はこうして彼女に丸投げしている。
「まぁ、それは結構なことで……。で、具体的には?」
彼女は俺の耳元で、企画の内容を漏らしてくる。
……まぁ、なんと言うか。
良く言えば、スケールがでかい。
悪く言えば、無謀。
それが率直な感想だ。
「あのー、浜松さん? 正気ですか?」
「え? 何かオカシイかな?」
「いや、あまりにも現実離れしてるというか……」
「あのね? 羽島っち? 人は小さい嘘よりも大きい嘘に騙されやすい生き物なんだよ!」
「どこぞの独裁者みたいなこと言うな……。とは言ってもなー」
「え〜! じゃあ羽島っちは反対なの?」
「いや! 企画自体は面白いとは思うけどな。ただ」
とは言え、引っ掛かることがないでもない。
「ただ?」
「俺個人としては、そもそもドッキリとかがどうも苦手でな……」
「へぇー、そうなんだ。何で?」
「何でって言われてもな……。何つぅか、あの試されてるって感じがどうも好きになれねぇんだよな。ドッキリにしろ、サプライズにしろ」
「ふーん。羽島っち、プライド高いんだ?」
「……まぁそう言われれば、そうかもしれん」
「相手が決めた既定路線通りに行かないと、まるで自分が悪いみたいな空気になるのが、羽島っちは嫌なんだよね? それで、引っ掛かったフリをしたり、喜んだフリをしたり……。ソレが堪らなく嫌なんだよね?」
くっ。
ものの見事に言い当てられている。
「確かにそうだな……。そう客観的に言われると、自分が人の善意を踏みにじる人でなしみたいに思えてきた……」
「要するにさ。羽島っちは嘘が嫌いなんだよ」
「はぁ? んなモン好きなヤツ居ねぇだろ?」
その俺の言葉を聞いた浜松は、深い溜息をつき呆れるような視線を向けてくる。
無論、言うまでもなく腹が立つ。
「そっか……。羽島っちは何も分かってないんだね。お子様だな〜」
どうやらこの女、俺を煽るスキルに関しては折り紙付きのようだ。
俺は溢れ出んばかりの怒りを抑え込み、極めて大人の対応をとる。
「……あのー、浜松さん。差し支えなければ、ワタクシめのどういったところがお子様なのか教えていただけないでしょうか〜?」
俺の言葉に両手を挙げ、まさにやれやれと言った様子で話し出す。
あまりにもワザとらしいジェスチャーを目の前にし、怒りよりもバカバカしさが勝ってくる。
「あのさー。そもそも嘘が嫌いなら、何で映画なんか観るワケ? あんなの全部が全部嘘じゃん!」
「お前、今スグ世界各国の映画監督と役者に謝れっ!」
「だって、そうじゃんっ! 皆フィクションだって分かってるけど、それでも感動するから観るんでしょ!? 羽島っち、言ってることメチャクチャだよ!?」
何も言い返せない……。
だが、それを言ったら元も子もないのでは!?
俺が言葉を詰まらせると、彼女は何故か優しい笑みでフォローしてくる。
「でもね。アタシ、羽島っちの言いたいことも分かるよ。人間って結局さ、見たいものしか見ないし、聞きたいものしか聞かないんだよ。観る映画のジャンルだって、多少は偏っちゃうでしょ?」
「……そりゃ多少は、な」
「だからさ。好きな映画って、自分の好きな嘘とも言えると思うんだよね。この監督さんになら騙されたいとか、この役者さんだったら嘘でも構わない、とかさ」
「暴論過ぎるだろ……」
「でも、そういうことでしょ? 同じようにサプライズだって、仕掛ける側の意識が問題なんだよ。そこで問題です! そんな健気な映画ファンに向けて、監督や役者が出来ることはなんでしょう? はい! 羽島っち!」
「メンドクセェ……」
「イイから答える!」
「まぁ、そうだな。最大限良い作品を作る、だな」
「ブゥー! 惜しいけどブゥーッ!!!」
「うぜぇ……」
「厳密に言うとね。『完璧に騙してあげる』の。スグにばれる嘘なんて、それこそ誠意がないでしょ?」
「なんかムチャクチャのような、筋が通っているような……」
「下手でもいいの。とにかく最後まで全力で嘘を吐ききる。それなら、例え途中でバレても『この人の嘘なら信じてみたい』って思ってくれるかも知れないでしょ?」
すると、彼女はこちらを向き直り、真っすぐな視線を向けてくる。
「だからさ……。アタシ、このサプライズ、全力でやるよ」
常人離れした価値観と切り捨てるのは、簡単だ。
彼女には、自分自身の確かな哲学があり、それが行動原理になっている。
やはり、俺はまだまだお子様かもしれない。
だが、そんなこと、この女の前では口が裂けても言えない。言いたくない。
男の意地だとか、そんな安っぽいものじゃない。
俺は後ろめたさから逃れるため、話題を逸らすしかなかった。
「……にしても、お前何気に手際いいのな。最初はどうなるかと思ったけど」
「ん? あぁ。合宿のこと? そんなのこれから映画撮るなら当たり前でしょ! 一端の映画監督なら、これくらいのマネジメント能力は必須だよ!」
「えっ、何? お前、映画撮るの?」
「え? 逆に撮らないの?」
正直、意味が分からなかった。
彼女は映画が好きだとは言った。一応、ではあるが。
「だって、みんな将来映画監督になりたいから、映研に入ってるんじゃないの?」
「ウチにはどんだけ金の卵が揃ってんだよ……」
「えー! そうなの? それならアタシが第一号になるよ!」
どこまでぶっ飛んだ女だ。
それはもはや興味の枠を越えている。
とは思いつつも、『この女ならあわよくば……』などと買い被っている自分もいたりする。
「そうか。まぁ頑張れよ……」
「え〜、何でよ〜! 羽島っちも一緒に撮ろうよ〜」
「ヤダ」
「決めた! アタシが総監督で、羽島っちが脚本ね!」
「だから、勝手に決めんなっつーの!」
彼女に脚本として指名されてしまった以上、俺も他人事ではない。
遺憾にも、メガホンを取る彼女の横で、嫌だと愚痴をタレつつも黙々とキーボードを叩いている自分の姿が容易に想像できてしまう。
果たして、彼女はどれだけ本気なのだろうか。
彼女の入会から、光の速さで合宿の予定が決まった。
当初は不安しかなかったが、行き先が決まってからの彼女はまさに別人だった。
彼女主導により、温泉宿の予約からマイクロバスの手配、レクリエーションの企画まで、あれよあれよという間に予定は決まっていった。
元より、どこか常人離れしているとは思っていたが、やはりその予感は的中していたようだ。
同時に、そんな彼女のサポート業務に何の疑問も抱かずに徹している自分に驚愕する。
人は、こうして社畜への階段を一段ずつ登っていくのだろうか。
とは言え、そう嘆いてばかりもいられない。
時の流れとは残酷なもので、その日は容赦なく訪れた。
「羽島っちー! 早く乗ってー」
気づけば、集合場所の大学の正門の前に一人だった。
浜松はマイクロバスの席から頭だけ出し、俺に呼びかける。
あれ?
俺一応、副幹事だったよな?
「羽島っちー! ココ、ココー!」
バスへ乗り込むと、既に中は旅行前独特の高揚感でざわついていた。
サークルとしては小規模と言えど、小型のマイクロバスということもあり、必然的に俺が座る席も限られてくる。
そんな中、浜松は入り口付近の窓側の席から、隣りのシートをぽんぽんと叩きながら俺を呼ぶ。
「ココ、しかねぇか……」
「最初から、ココしかないの! 一応副幹事でしょ!?」
「そうでした、そうでした。じゃあ寝るから着いたら起こして」
「ちょっと!? まだ大事なこと決まってないでしょ!?」
そうだった。
すっかり忘れていた。
「あぁ、そうだったな。んでどうすんだ?」
「早速丸投げ!? まぁいいけど。実はちょっとしたサプライズを考えておりましてね、うんうん!」
彼女の言うサプライズとは、三原副会長の祝勝会のことだろう。
というのも先日、副会長が希望の会社から見事に内定をもらったらしく、サークルで何かお祝いをしてあげようと、浜松から提案があった。
彼女からのお題は『心停止するほど感動的な企画』という、何とも物騒なものだったが、そんなものは一朝一夕に思いつくはずがない。
恐らく、既に彼女なりに答えが決まっているのだろう。
だから、俺はこうして彼女に丸投げしている。
「まぁ、それは結構なことで……。で、具体的には?」
彼女は俺の耳元で、企画の内容を漏らしてくる。
……まぁ、なんと言うか。
良く言えば、スケールがでかい。
悪く言えば、無謀。
それが率直な感想だ。
「あのー、浜松さん? 正気ですか?」
「え? 何かオカシイかな?」
「いや、あまりにも現実離れしてるというか……」
「あのね? 羽島っち? 人は小さい嘘よりも大きい嘘に騙されやすい生き物なんだよ!」
「どこぞの独裁者みたいなこと言うな……。とは言ってもなー」
「え〜! じゃあ羽島っちは反対なの?」
「いや! 企画自体は面白いとは思うけどな。ただ」
とは言え、引っ掛かることがないでもない。
「ただ?」
「俺個人としては、そもそもドッキリとかがどうも苦手でな……」
「へぇー、そうなんだ。何で?」
「何でって言われてもな……。何つぅか、あの試されてるって感じがどうも好きになれねぇんだよな。ドッキリにしろ、サプライズにしろ」
「ふーん。羽島っち、プライド高いんだ?」
「……まぁそう言われれば、そうかもしれん」
「相手が決めた既定路線通りに行かないと、まるで自分が悪いみたいな空気になるのが、羽島っちは嫌なんだよね? それで、引っ掛かったフリをしたり、喜んだフリをしたり……。ソレが堪らなく嫌なんだよね?」
くっ。
ものの見事に言い当てられている。
「確かにそうだな……。そう客観的に言われると、自分が人の善意を踏みにじる人でなしみたいに思えてきた……」
「要するにさ。羽島っちは嘘が嫌いなんだよ」
「はぁ? んなモン好きなヤツ居ねぇだろ?」
その俺の言葉を聞いた浜松は、深い溜息をつき呆れるような視線を向けてくる。
無論、言うまでもなく腹が立つ。
「そっか……。羽島っちは何も分かってないんだね。お子様だな〜」
どうやらこの女、俺を煽るスキルに関しては折り紙付きのようだ。
俺は溢れ出んばかりの怒りを抑え込み、極めて大人の対応をとる。
「……あのー、浜松さん。差し支えなければ、ワタクシめのどういったところがお子様なのか教えていただけないでしょうか〜?」
俺の言葉に両手を挙げ、まさにやれやれと言った様子で話し出す。
あまりにもワザとらしいジェスチャーを目の前にし、怒りよりもバカバカしさが勝ってくる。
「あのさー。そもそも嘘が嫌いなら、何で映画なんか観るワケ? あんなの全部が全部嘘じゃん!」
「お前、今スグ世界各国の映画監督と役者に謝れっ!」
「だって、そうじゃんっ! 皆フィクションだって分かってるけど、それでも感動するから観るんでしょ!? 羽島っち、言ってることメチャクチャだよ!?」
何も言い返せない……。
だが、それを言ったら元も子もないのでは!?
俺が言葉を詰まらせると、彼女は何故か優しい笑みでフォローしてくる。
「でもね。アタシ、羽島っちの言いたいことも分かるよ。人間って結局さ、見たいものしか見ないし、聞きたいものしか聞かないんだよ。観る映画のジャンルだって、多少は偏っちゃうでしょ?」
「……そりゃ多少は、な」
「だからさ。好きな映画って、自分の好きな嘘とも言えると思うんだよね。この監督さんになら騙されたいとか、この役者さんだったら嘘でも構わない、とかさ」
「暴論過ぎるだろ……」
「でも、そういうことでしょ? 同じようにサプライズだって、仕掛ける側の意識が問題なんだよ。そこで問題です! そんな健気な映画ファンに向けて、監督や役者が出来ることはなんでしょう? はい! 羽島っち!」
「メンドクセェ……」
「イイから答える!」
「まぁ、そうだな。最大限良い作品を作る、だな」
「ブゥー! 惜しいけどブゥーッ!!!」
「うぜぇ……」
「厳密に言うとね。『完璧に騙してあげる』の。スグにばれる嘘なんて、それこそ誠意がないでしょ?」
「なんかムチャクチャのような、筋が通っているような……」
「下手でもいいの。とにかく最後まで全力で嘘を吐ききる。それなら、例え途中でバレても『この人の嘘なら信じてみたい』って思ってくれるかも知れないでしょ?」
すると、彼女はこちらを向き直り、真っすぐな視線を向けてくる。
「だからさ……。アタシ、このサプライズ、全力でやるよ」
常人離れした価値観と切り捨てるのは、簡単だ。
彼女には、自分自身の確かな哲学があり、それが行動原理になっている。
やはり、俺はまだまだお子様かもしれない。
だが、そんなこと、この女の前では口が裂けても言えない。言いたくない。
男の意地だとか、そんな安っぽいものじゃない。
俺は後ろめたさから逃れるため、話題を逸らすしかなかった。
「……にしても、お前何気に手際いいのな。最初はどうなるかと思ったけど」
「ん? あぁ。合宿のこと? そんなのこれから映画撮るなら当たり前でしょ! 一端の映画監督なら、これくらいのマネジメント能力は必須だよ!」
「えっ、何? お前、映画撮るの?」
「え? 逆に撮らないの?」
正直、意味が分からなかった。
彼女は映画が好きだとは言った。一応、ではあるが。
「だって、みんな将来映画監督になりたいから、映研に入ってるんじゃないの?」
「ウチにはどんだけ金の卵が揃ってんだよ……」
「えー! そうなの? それならアタシが第一号になるよ!」
どこまでぶっ飛んだ女だ。
それはもはや興味の枠を越えている。
とは思いつつも、『この女ならあわよくば……』などと買い被っている自分もいたりする。
「そうか。まぁ頑張れよ……」
「え〜、何でよ〜! 羽島っちも一緒に撮ろうよ〜」
「ヤダ」
「決めた! アタシが総監督で、羽島っちが脚本ね!」
「だから、勝手に決めんなっつーの!」
彼女に脚本として指名されてしまった以上、俺も他人事ではない。
遺憾にも、メガホンを取る彼女の横で、嫌だと愚痴をタレつつも黙々とキーボードを叩いている自分の姿が容易に想像できてしまう。
果たして、彼女はどれだけ本気なのだろうか。