「由佳里、こいつ高塔、高塔蓮っつうんだ、話したろ、クラスメイトでさ、いい奴なんだ、友人になったんだ、よろしくしてやってくれ」
「……」

 ところが、何故か由佳里も目を丸くしたまま、固まっていた。いつもの快活な由佳里らしくない呆然とした態度だ。何故だろう?
 やはり高塔は誰にでも、受け入れてもらうことが出来ないのか? でも、何故?
 少々愛想は悪いが、そんなに嫌な男には見えないはずだ。誰にでも同じく明るい由佳里までが黙ってしまうことが納得出来ない。

「どうした由佳里? なんとか言えよ」
「あ、ゴメンなさい……なんかすっごい美人だから、驚いちゃって……」
「美人?」

 ああ、そうかと納得した。自分はもう見慣れてしまったが、確かに高塔はそんじょそこらにいない美形だ。つまりは見惚れていたということだ。

 薙は内心面白くなかった。
たしかに高塔は美形だが、正面切って美人だなんていわれると、じゃあ俺はと聞きたくなるではないか。もちろん自分が美形という言葉とはかけ離れた、厳つくむさ苦しいご面相なのは承知しているが、それでも高塔だけが褒められるというのはなんとなく納得出来ない。男として、プライドを傷つけられた気がした。
 だが、その義憤はすぐに見当違いだとわかった。由佳里が不思議そうな顔で言ったのだ。

「でも、薙の学校にこんな美人もいたのね、意外だわ、薙も隅に置けないわね」
「ハ? って、何が?」
「何って、高塔さんよ、美人じゃない、驚いたわ、薙がこんな綺麗なガールフレンドを作るなんて」
「バッ馬鹿! 高塔は男だって! よく見ろ!」

 季節が冬だったこともあり、高塔は白いフワッとしたダウンジャケットを着ていて、ボディラインはよくわからないし、元々細身なので見ようによっては女に見えなくもない。下は黒い革のパンツだったが、女性でもパンツをはく奴は大勢いるし、現に今由佳里もパンツ姿だ。緩くウエーブのかかった髪が肩近くまで伸びている高塔が女性に見えたらしい。

 この俺にガールフレンドが出来たのかと思ったのか、どうりで、由佳里が固まるわけだ。
 しかし笑うな、そうか、高塔が女ねえ……
 まあ美形だし、笑うと可愛いし、そう思えなくも無いけどな。

 薙は一人納得しながらクスリと笑った。

「高塔、お前が喋らねえから、由佳里の奴、お前を女と間違えてんぜ、何とかいえよ、ほら」
「え、あ? ……ああ、そうか、えっと」

 促すと、高塔は少し途惑ってソワソワしていたが、直ぐに思い切った表情で笑顔を作った。そしてスイッと右手を出す。

「よろしく、杉山由佳里……さん? 高塔蓮です」
「あ、こちらこそよろしく、由佳里です」

 そのとき薙は、高塔と由佳里の二人が、にこやかに握手を交わし、笑い合っているのを見て、なぜか心痛む思いがした。高塔が自分以外の人間に穏やかに微笑みかけるところを薙は初めて見たのだ。
 いや、正確には初めてではない。いつだったか高塔の様子を見に行ったとき、神社でかなり年上の男と笑い合っているところを見たことがあったのを思い出した。
 あのとき初めて高塔の笑顔を見たのだ。とても可愛い笑顔だと思った。正直言ってちょっと見惚れた。
 話しかけ、親しくなり、お互いに親友と呼ぶ間柄になってからは、その笑顔は自分だけに向けられるモノとなっていた。それが今は由佳里に向けられている。
 由佳里は女で、自分が見ても美人の部類だと思う。普段女性と話すどころか自分以外の誰とも話すことのない高塔の気を引くことくらいは容易いように思えてきた。
 高塔に友だちが出来るのは喜ばしいことだ、そのつもりで紹介した。由佳里ならいい友人になれると思っていたし、それは間違った選択ではないはずだ。だが、なにかが薙の心に蟠り、引っかかった。
 高塔が、遠くに離れていく。
 そのとき薄っすらと感じたその思いは、甘酸っぱいモヤモヤした塊として薙の中に長く留まることとなった。

 高塔と付き合い始めて半年くらいたった頃か、薙はようやく高塔がなぜ皆に敬遠されているのかを知った。
それは高塔と待ち合わせの場所へ行く途中、偶然見かけた男をつけたことから発覚した。
 初めて高塔の笑顔を見た日、その笑顔は自分以外の男に向けられていたものだったのだが、それがとても可愛くて、次の日話かけずにいられなくなった。そのときに彼と話していた男を街で見かけ、なんとなく気になって後をつけたのだ。そしてその男がヤクザ者であり、しかもかなり顔役だと知った。
 なぜそんな男がと高塔といたのだろう。もしかしたらなにか脅されているのではないかと疑い、義侠心から後を付けた。しかし尾行はすぐに気付かれる。
 当然だ、相手は百戦錬磨のヤクザ者、高校生の尾行など直ぐに知れる。曲がり角で見失いかけ、慌てて走ると角を曲がった直ぐのところで、鋭い目をしたそいつは黙って待ち伏せていた。

「誰だ? 誰かに頼まれたのか? え、鷲尾会の須崎と知っててつけてきたのか? どうなんだ小僧」

 迫力あるご面相で睨みを利かせながらそう凄む男にさすがの薙も少し怯んだ。だが高塔が絡んでいるのだ。もしも彼がなにかの厄介事に巻き込まれているとしたら見過ごせないと睨み返す。確かに自分は三十がらみの須崎からしてみれば小僧かもしれないが、それでも学校では強面で通っている。まして高塔や由佳里に言わせれば、三十過ぎくらいに見えるらしい、そう馬鹿にされたもんでもないだろう。そう開き直り、つけてきた理由を話して、その男須崎に、高塔との関係を訊ねた。すると須崎はいきなり表情を変えた。

「すいません、蓮坊ちゃんのご学友でしたか、これはご無礼を……」

 その上、そう言って僅かに頭まで下げた。

「蓮坊ちゃん……?」

 男は名を須崎《すざき》賢《けん》と名乗った。須崎は訝る薙の目をジッとみて、嬉しそうに話し出す。

「いや、私は嬉しいですよ、蓮坊ちゃんにこんな立派なご学友が出来たなんて、坊ちゃんのことを心配してわざわざつけてらしたんでしょう? 私のようなならず者相手に怯むことなく、それだけ坊ちゃんを思ってくださってるってことだ、ありがとうございます」
「あ、いえそんな……」

 いきなり下出に出られて拍子抜けししている薙に、須崎は目を細めて延々と高塔のことを話した。
 それによると高塔は須崎の属する暴力団、鷲尾会の会長の一人息子で、そのせいで今まで友人らしい友人は一人もいなかったらしい。高塔を心配してやってきたのは薙が初めてだと言った。

「是非、これからも、蓮坊ちゃんと仲良くしてやってください、よろしくお願いします」
「あ、はい……いえ、此方こそ……」

 須崎があまり丁重に、頭を下げるので、薙もかえって恐縮した。慌ててボサボサの髪を掻きながら頭を下げる。……と、ペコリを下げた頭の上からいきなり高塔の声が降ってきた。

「何やってんだ、オメーはよ!」

 ついでにポクンと後頭部を叩かれた。

「高塔?」
「蓮坊ちゃん」
「おかえりなさいやし、坊ちゃんのお友達がお見えだってんで、少し先にお話させていただきましたよ」

 高塔は不機嫌そうに須崎を睨んでいたが、須崎は余裕の笑みを浮かべながら高塔の頭を撫でた。撫でられた高塔は決まり悪そうにその手を振り払う。

「坊ちゃんはよせっつったろ!」
「二勝したら、と言ったはずですよ、坊ちゃん」
「……ふん」

 高塔は薙に向かって話があるからついて来いと言った。言われるままについていくと、その行く先は町外れの埠頭だった。

「聞いちまったんだな……」

 海風に吹かれながら、高塔は不機嫌そうな表情で薙を睨むようにして言った。その顔は怒っていると言うよりは、悲しんでいるように見えた。

「なんで言ってくれなかったんだよ」
「……」

 高塔は答えなかった。ただ哀しそうな、淋しそうな表情で風の吹き込む海を見ている。きっと知られたくなかったのだろうとは思ったが、知らずにいられることじゃない。ただ学校にいる間だけの上辺だけの付き合いでいる気なら別だが、芯からわかり合い、永遠も誓える友人として付き合うなら、そんな秘密は作れない。そう信じて全てを拒絶しようとしている背中に声をかけた。

「それでなんだな……俺はずっと不思議だった、俺と違って小綺麗で人好きしそうなご面相なのに、なんで避けられてるのか、それはこういうことだったんだな?」
「……」

 それでもなにも答えない高塔に詰め寄った。何故言ってくれなかったのか、言えば自分も他の皆と同じように高塔を避けるようになるとでも思ったのか、もしそうだというなら心外だ。薙は高塔から信じられていなかったことへの怒りで身体が震えるのを感じていた。

「そうだとして……お前はどうする? 俺といるとお前まで白い目で見られるかもしれない、離れるなら今のうちだぜ」