純日本式の高塔の家では今まで一度もクリスマスを祝ったことがないと聞いていた。もちろん自分だってキリスト教徒ではないが、それでもクリスマスくらいは家族全員でケーキを食べたり鳥の足を食ったりしたし、プレゼントだって毎年もらっていた。この歳(高校二年)になってもまだもらっている。だが高塔はそういう経験がいままで一度もないと言った。
 そんなことを聞いてしまうと誘わずにはいられない。全てが初めてだという高塔のために食べるかどうかもわからないケーキをホールで買って、もちろん鳥の丸焼きも仕入れた。しかも七面鳥だ。それに、まあちょっと大人には内緒にしておきたいが、シャンパンも買った。しかも五本。
 一人二本ずつ飲んでもまだ余るが、普通どれくらい飲むものなのかもわからないので適当にそろえた。もちろん密かにプレゼントも用意した。これを渡すときの高塔の驚く顔を早く見てやりたい。
 そして肝心の場所は、さすがに両親と兄と妹、さらに祖母までいる自宅というわけにもいかないし、当然高塔の家というわけにもいかないので、少し高いがホテルまで予約した。

……と、言ってやったら、高塔は目を丸くして驚いた。

「ホ、テル……って、お、お前! なに考えてんの、なんでクリスマスの晩に男二人でホテルで過ごさなきゃなんねえのよ!」
「なにって、お前とクリスマスを祝いたいだけだぜ? 他になんの意味があると思うんだ?」
「え、いや別に……」

 高塔は少しうろたえたらしい、赤くなって口篭った。普段は強気を崩さない高塔なのだが、どうかすると異様に可愛らしい仕草を見せるのでそこがまた面白い。高塔があんまり真っ赤になってうろたえるので此方もついつい魔がさした。確かに俺は過去に何度か(何度だっけか?)高塔に抱きついたことがあるし、それに伴って何度か高塔にはそっち系かと疑われたこともあるが、別にそういうつもりがあるわけではない。
いや……あるのか? いや、ない! 絶対にない!
 ないが、なんとなくからかってやろうくらいの気にはなった。だって高塔があんまりうろたえるから、その期待に答えて(?)なんかやらないと疑われた俺が可哀想じゃないか。

「あったらどうする?」
「え? ぁ……」

 高塔の顎を取り、鼻先がぶつかるくらいに近づいてからニヤリと笑うと、今度は急に黙り込んで俯いた。それが物凄く可愛い。
 こういうときの高塔は本当にメチャクチャ可愛い。これで女だったら即プロポーズしているところだ。プロポーズは大げさだとしても、抱き締めるくらいはしてる。いや、実際今でもしたい。
 青春の一ページ的なノリに押されてその気になった薙は、俯いた高塔の肩に手をかけ、懐へと抱き込んだ。思った以上に細い肩と薄い胸板にドキリとした。 ヤバイ。俺、本当にそっち系かも……。 内心でそう焦り始めるころ、俯いたままの高塔は所在なげに身を固くしていた。心なしか目が潤んで見える。
 え、まさか泣く?
 泣かれては困る。というよりは、何となく、冗談ではすまなくなりそうだ。惜しいがここいらが引きときだろうと区切りをつけて手を離す。

「……なんてな、驚いた?」
「おっ……驚いたかって、そ、そりゃ、も……何だよ! もう!」
 泣きそうな顔を見られたくないのだろう、高塔は顔を背けてシッシッと俺を追い払う手振りをしてみせる。それがまたツボに嵌った。

「もしかして泣いてる? や、カッワイイねえ」
「うっ煩えよ馬鹿! 誰が可愛いんだっての! も……こっち見んなよ!」

 嫌がって顔を背け、懸命に背を向けようとする高塔を追いかけて意地悪く顔を覗きこんだ。だが実際本当に泣いていたので慌てるしかない。
 マジでヤバイ……ゲロ可愛い。

「泣くなよ馬鹿、冗談だって」
「泣いてねえよ阿呆、いいからもうあっち行けって!」

 泣き顔を見られたことでどうやら機嫌を損ねたらしい。本気で高塔に嫌がられたような気がして、ちょっと胸が痛くなった。これじゃあ本当に冗談でなく恋してるみたいではないか。
 自分の気持ちを測りかね、薙も少し不機嫌になった。

「んだよ、嬉しくねえの? 俺とクリスマス過ごすの嫌なのか?」
「そうは言ってないだろ! 極端なんだよお前は!」
「じゃ嬉しいか?」
「嬉しいって! さ、サンキュ」

 小さく礼を言った高塔はまだ少し赤い顔で、視線を合わせようとはしなかったが、それは嫌がっているとかでなく、照れているという感じだ。これだけ大事のように騒いだのだから、当日はもっとやってやらないと驚かせられないな思った。

 そしてクリスマス当日……。

「……?」

 クリスマスイブに高塔とホテルで乾杯をして騒いだ次の朝、(つまりクリスマス本番だが)目が醒めて少し驚いた。
 なにが驚いたって自分が全裸だったからだ。なんでこうなったと狼狽え、薄っすら残る記憶をたどる。

 夕べはホテルで高塔とシャンパンを飲んで騒いで、歌まで歌ったような気がする。で、飲みすぎて眠くなって、高塔に引っ張られてベッドまで来て……勢いでなだれこんだ?
 え? まさか俺、なんかしたのか?
 まさか?

 薙はヅキヅキと痛む頭を抱えながら、再び前の晩の記憶をたどった。

 高塔が俺を呼んだような……。物凄く色っぽい声だった……ような……気がする。

「薙」
「たかとう……?」

 夢みたいに綺麗な顔がすぐ傍にあって、ドキドキした。彼が女に見えたわけではないが、凄く綺麗で、酒に濡れた唇がいつもよりずっと赤くて、キスしたくなった。
 でも、そこで本当にしてしまったら、止まれなくなるような気がした……だから躊躇った。
 そうしたら高塔がまた俺の名前を呼んで、綺麗な手が頬に触れたような……それから赤くて魅惑的な唇が近づいてきた?
 そのままあの細い肩を抱きしめた気がする……そして、どうなった?
 記憶を辿っているうちに、ベッドサイドに高塔が立っているのに気がついた。

「あれ、高塔? なんだ、俺寝ちまったのか……?」
「あ、ああ……」

 高塔は一筋の乱れもなく、いつもどうりの涼しげで少し冷たい佇まいだった。
 この際だ、本人に聞いてみるか? しかし、なんて聞けばいいんだ? 俺なんかしましたかって聞くのも変だよな……?

「高塔……」
「……なんだ?」
「俺、なんで裸なんだ?」
「覚えてないのか?」

 心なしか呆れられてるような気もする。しかし覚えてないものは覚えてないのだ。いやそれは詭弁か? 何となく、なにかモヤモヤと、したような、してないような……でも高塔は涼しい顔をしている。
 やっぱり気のせいか? 本当になにもなかったのか? 指先に薄っすらと高塔の肌の感触が残っているような気がするのも、ただの妄想……なのかな。

「俺、もしかして酒が入ると脱ぐクセがある……とか?」
「あ……ああ、そうかもな」

 高塔は冷ややかにそう答えた。かなり呆れられている気がする。

「なんで止めてくんないんだよ! 俺の裸見たって面白くもなんともないだろ?」
「俺に止めろっての? そんな無体な、だいたいあんな面白いお前はそうそう見れないじゃんか」
「見られてたまるか!」
「仕方ないだろ、そんな重量級、俺一人で止められるもんかよ!」
「あーもうサイテー……しかも頭痛え……」
「完全に二日酔いだな、調子にのって飲みすぎるからだ、そら」

 高塔はいつもの調子で得意げに笑いながら水を持ってきてくれた。サンキュと水を受け取り、その笑顔を見て、やっぱり気のせいだったのかなと思いなおす。
 ほっとしたような、淋しいような妙な気分だった。

 自分は何かを知っている……知っていて目を背けようとしている。そんな心当たりのない罪悪感に、らしくもなく怯えた。