久し振りに三人揃った夕食にも関わらず夏帆は何も喋る気がせず、両親が気を遣って作ってくれた好物の豚カツも白いご飯も殆ど口に入らず、父親が心配した眼差しで言う。
「夏帆……高校はどうだ?」
「話すことなんか何もないよ、放課後真っ直ぐ帰れって言われたから」
夏帆は冷たく言い放つと母親が気を遣った笑みで諭す。
「そんなこと言わないでよ、せっかく三人揃ったんだし」
「じゃあ話すわ。教室で友達と喋りながら食べるとね、黙食しろって先生に注意されるのよ」
夏帆は冷たく刺々しく言ってそれっきり何も言わず会話を途切れさせるとそのまま沈黙し、テレビから流れる音声だけと重い空気が流れる、それに耐えかねたのか父が年末のことを話す。
「年末年始、久し振りに帰ろうな……お祖父ちゃんお祖母ちゃんも楽しみにしてるってさ」
「ツナギはもういないのに?」
夏帆は冷え切った口調で言うと、母親はやるせない表情になる。
「ツナギ、眠るように苦しむことなく亡くなったんだから……それにコロナだったから仕方なかったのよ」
「だったから? 今もでしょ? あたし年末年始……帰らないから」
夏帆の冷めきった言葉に父親が困惑する。
「帰らないってどうして? パパとママがいない間どうするんだい?」
「ツナギがいないんじゃ、もう帰る意味ないわ。それに自炊ぐらい自分でできるわよ、高校入学の時に作ってくれた銀行口座、それなりに貯まってたから……ごちそうさま」
夏帆は席を立つと母親が引き留める。
「待ちなさい夏帆! そんな我儘言わないの! お祖父ちゃんお祖母ちゃんの気持ちはどうなるの!?」
夏帆はそう言われて立ち止まって振り向くと、母親は縋るような眼差しで見てる。
「我儘? 気持ち? あたしとツナギを無理矢理引き離した時、あたしの気持ちなんか無視して大人になりなさいって言ったでしょ!? 東京に引っ越す時、仕事の都合とか言ってたど……あれ本当は東京に帰りたいって言ってたお母さんの我儘だって、ずっと前から知ってたから!」
夏帆は冷たく啖呵を切り、母親は青褪めた表情になる。どうせ返事を聞く価値もない、足早にリビングを出ると「待ちなさい!」と後を追う母親の制止を振り切り、真っ暗な部屋の扉を閉めてホームセンターで買った後付け式の鍵を何重にも掛ける。
仕上げにノイズキャンセリングイヤホンを両耳に挿して布団の中に潜る。
すぐにスマホのLINEをブロックした、ふとアルバムを開いてツナギの写真や動画はそれなりにあったが、見ているうちにこんなことになるならもっと沢山写真や動画を残しておけばよかったと、後悔で胸が痛い。
「ツナギ……ごめんね……ごめんね……会いに行けなくて」
気が付いたら涙が溢れていた。コロナが始まって以来卒業式の時すら一度も流してなかった涙が止まらなかった。
結局、夏帆は年末年始家に引き籠もって両親がいない間、テレビで好きなアニメを流し見して過ごし、オミクロン株が猛威を振るってもどこ吹く風と無関心になって過ごした。
あれから更に一年以上が経ち、両親との会話も必要最低限に留めていた。
未だに収束の兆しは見えずにようやく終わりかと思った瞬間にまた世界のどこかで新しい変異株が現れ、予定調和のごとく日本に入ってきて今では今年度の第一波、第二波と数えるようになった。
そしてギリシャ文字が使い尽くされて今では星座のオリオン株が流行ってるのだ。
「一女ちゃん……来てるといいな」
三年生のクラス替えで一緒になった一女を心配しながら都立高校の校門を通っていつもの教室に入る。アクリルボードで仕切られた机が並び、マスクのせいで顔もまともに見てないクラスメイトたちはひそひそと話してる。
他に話す相手なんかいない、自分が医療従事者の娘だと学年中に知れ渡ってるからみんな避けてる。いつものように鞄を机に置くと予鈴が鳴り、一女が教室に現れることはなく担任の赤城豊先生が深刻な表情で教室に入ってくる。
「おはようございます、今日は皆さんに……大変悲しいお知らせを伝えなければなりません……峰岸さんが今朝、亡くなりました」
それでクラスメイトたちが一斉に視線を先生に集中させ、夏帆はそんな悪い冗談なんてある? と先生を見つめた。そこからは全く耳に入ってこなかった、ただオリオン株のこともあって葬儀は家族のみで参列は控えるようにとしか頭に入らなかった。
夏帆はいても立ってもいられず、朝のホームルームが終わるとすぐに担任の赤城先生に詰め寄って訊いた。
「あの、先生! 一女ちゃんどうして亡くなったんですか!?」
赤城先生は四〇代前半でスマートなスーツ姿で銀縁眼鏡をかけ、学校の先生というよりは霞ヶ関のエリート官僚みたいな堅い印象の先生だが、人当たりのいい先生だ。
「草薙さん……一時間目の授業は私の方から言っておきますから……峰岸さんのこと、知る覚悟はありますか?」
「……はい」
赤城先生は夏帆と一女が仲良しのは知ってる、赤城先生に連れられて来た場所は生徒指導室だった。二人だけになると椅子に座るように促されて赤城先生もテーブル越しに向かい側へ座ると、躊躇いを捨てて夏帆に残酷な現実を告げる。
「……峰岸さんは今朝、お風呂で手首を切って冷たくなっているのが見つかり、駆け付けた救急隊が……その場で死亡を確認したそうです」
「そんな……それじゃあ一女ちゃん……自殺したんですか?」
夏帆は率直に訊くと数秒間の長い沈黙を間に置き、赤城先生は苦しいものを吐き出すように「はい」とだけ返事した。
「どうして……だって昨日まで、普通に学校に通って昨夜も電話してたんですよ!」
「恐らくは最期に……草薙さんの声を聞きたかったんでしょう」
赤城先生の言う通りだった。ああ……あれは死ぬ前の最期の電話だったんだ。
「夏帆……高校はどうだ?」
「話すことなんか何もないよ、放課後真っ直ぐ帰れって言われたから」
夏帆は冷たく言い放つと母親が気を遣った笑みで諭す。
「そんなこと言わないでよ、せっかく三人揃ったんだし」
「じゃあ話すわ。教室で友達と喋りながら食べるとね、黙食しろって先生に注意されるのよ」
夏帆は冷たく刺々しく言ってそれっきり何も言わず会話を途切れさせるとそのまま沈黙し、テレビから流れる音声だけと重い空気が流れる、それに耐えかねたのか父が年末のことを話す。
「年末年始、久し振りに帰ろうな……お祖父ちゃんお祖母ちゃんも楽しみにしてるってさ」
「ツナギはもういないのに?」
夏帆は冷え切った口調で言うと、母親はやるせない表情になる。
「ツナギ、眠るように苦しむことなく亡くなったんだから……それにコロナだったから仕方なかったのよ」
「だったから? 今もでしょ? あたし年末年始……帰らないから」
夏帆の冷めきった言葉に父親が困惑する。
「帰らないってどうして? パパとママがいない間どうするんだい?」
「ツナギがいないんじゃ、もう帰る意味ないわ。それに自炊ぐらい自分でできるわよ、高校入学の時に作ってくれた銀行口座、それなりに貯まってたから……ごちそうさま」
夏帆は席を立つと母親が引き留める。
「待ちなさい夏帆! そんな我儘言わないの! お祖父ちゃんお祖母ちゃんの気持ちはどうなるの!?」
夏帆はそう言われて立ち止まって振り向くと、母親は縋るような眼差しで見てる。
「我儘? 気持ち? あたしとツナギを無理矢理引き離した時、あたしの気持ちなんか無視して大人になりなさいって言ったでしょ!? 東京に引っ越す時、仕事の都合とか言ってたど……あれ本当は東京に帰りたいって言ってたお母さんの我儘だって、ずっと前から知ってたから!」
夏帆は冷たく啖呵を切り、母親は青褪めた表情になる。どうせ返事を聞く価値もない、足早にリビングを出ると「待ちなさい!」と後を追う母親の制止を振り切り、真っ暗な部屋の扉を閉めてホームセンターで買った後付け式の鍵を何重にも掛ける。
仕上げにノイズキャンセリングイヤホンを両耳に挿して布団の中に潜る。
すぐにスマホのLINEをブロックした、ふとアルバムを開いてツナギの写真や動画はそれなりにあったが、見ているうちにこんなことになるならもっと沢山写真や動画を残しておけばよかったと、後悔で胸が痛い。
「ツナギ……ごめんね……ごめんね……会いに行けなくて」
気が付いたら涙が溢れていた。コロナが始まって以来卒業式の時すら一度も流してなかった涙が止まらなかった。
結局、夏帆は年末年始家に引き籠もって両親がいない間、テレビで好きなアニメを流し見して過ごし、オミクロン株が猛威を振るってもどこ吹く風と無関心になって過ごした。
あれから更に一年以上が経ち、両親との会話も必要最低限に留めていた。
未だに収束の兆しは見えずにようやく終わりかと思った瞬間にまた世界のどこかで新しい変異株が現れ、予定調和のごとく日本に入ってきて今では今年度の第一波、第二波と数えるようになった。
そしてギリシャ文字が使い尽くされて今では星座のオリオン株が流行ってるのだ。
「一女ちゃん……来てるといいな」
三年生のクラス替えで一緒になった一女を心配しながら都立高校の校門を通っていつもの教室に入る。アクリルボードで仕切られた机が並び、マスクのせいで顔もまともに見てないクラスメイトたちはひそひそと話してる。
他に話す相手なんかいない、自分が医療従事者の娘だと学年中に知れ渡ってるからみんな避けてる。いつものように鞄を机に置くと予鈴が鳴り、一女が教室に現れることはなく担任の赤城豊先生が深刻な表情で教室に入ってくる。
「おはようございます、今日は皆さんに……大変悲しいお知らせを伝えなければなりません……峰岸さんが今朝、亡くなりました」
それでクラスメイトたちが一斉に視線を先生に集中させ、夏帆はそんな悪い冗談なんてある? と先生を見つめた。そこからは全く耳に入ってこなかった、ただオリオン株のこともあって葬儀は家族のみで参列は控えるようにとしか頭に入らなかった。
夏帆はいても立ってもいられず、朝のホームルームが終わるとすぐに担任の赤城先生に詰め寄って訊いた。
「あの、先生! 一女ちゃんどうして亡くなったんですか!?」
赤城先生は四〇代前半でスマートなスーツ姿で銀縁眼鏡をかけ、学校の先生というよりは霞ヶ関のエリート官僚みたいな堅い印象の先生だが、人当たりのいい先生だ。
「草薙さん……一時間目の授業は私の方から言っておきますから……峰岸さんのこと、知る覚悟はありますか?」
「……はい」
赤城先生は夏帆と一女が仲良しのは知ってる、赤城先生に連れられて来た場所は生徒指導室だった。二人だけになると椅子に座るように促されて赤城先生もテーブル越しに向かい側へ座ると、躊躇いを捨てて夏帆に残酷な現実を告げる。
「……峰岸さんは今朝、お風呂で手首を切って冷たくなっているのが見つかり、駆け付けた救急隊が……その場で死亡を確認したそうです」
「そんな……それじゃあ一女ちゃん……自殺したんですか?」
夏帆は率直に訊くと数秒間の長い沈黙を間に置き、赤城先生は苦しいものを吐き出すように「はい」とだけ返事した。
「どうして……だって昨日まで、普通に学校に通って昨夜も電話してたんですよ!」
「恐らくは最期に……草薙さんの声を聞きたかったんでしょう」
赤城先生の言う通りだった。ああ……あれは死ぬ前の最期の電話だったんだ。